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変わらない先輩

まだ高校生で、部活をしていたころ。

一人、ヤバい先輩がいた。


ヤバいってのは色んな意味で。

単純にプレイヤーとしてスゴい、という意味もあるが、他にも真面目そうに見えて意外と色々やらかすタイプだったり、まぁまぁなプレイボーイだという噂も聞く。

普段はニコニコして穏やかなのに、他の先輩達は彼をブラックと呼んでいたりして、実は本性は恐ろしいらしい。


今はすっかり丸くなっているそうだが…

本当のところはどうなんだか。




まぁでも、良い先輩だったと思う。

ヨット部という、高校生から始める人が多いスポーツにおいて、昔からその競技をやってきている人がいるということは、皆にとって分かりやすい指標となった。


彼は先輩後輩、隔てなく仲が良かった。

そういう上下のめんどくさい感じが嫌いだったらしい。


部活特有の、めんどくさいノリみたいなのも、やらないし、やらせない。

雑用を押し付けるわけでもなく一緒にやる。


でも舐められない。

というのがその先輩の不思議な力だった。



あとは何よりストイック。

トレーニングは誰よりもやる。

同期のもう一人の先輩と並んで、体力オバケだった。

ランニングなんてしようもんなら、誰もついていけなかった。


他にも、知識だって一番あるし、居残ってヨットの整備なんかもよくやっていた。





そんな先輩の最後のインターハイ。

直前まで違う種目の世界大会に出ていた先輩にとって、インターハイで戦う種目は久々の種目だった。

誰もが心配する中、やはり先輩はさすがだった。



強豪ひしめく中、堂々と優勝争いを演じてみせた。


これはいけるぞ!

僕たちはそう信じ、応援を続けた。


ここが正念場、そんなレースの最中、僕たちの待つ陸に戻ってくるヨットがあった。


なんだか見覚えがある…

「あれ、先輩だ」


僕たちは青ざめ、先輩の元へと走った。


「ごめん、失格になったわ」


先輩はいつものように笑ってそう言った。

僕たちはそれをしばらく理解出来ずにいた。


コーチ達が待機しているテントに戻る先輩を追いかけることもできず、僕たちはただ重い空気のまま、その場にいるしかなかった。



しばらくコーチ達と話して戻って来た先輩は、びしょ濡れだった。


先輩はいつものように笑ってみんなの輪の中に入っていったが、僕には全部分かってしまった。


その笑顔が作り物だってことも、

びしょ濡れなのは泣いていたのを隠す為だってことも。



その後、先輩は意気消沈したように結果は振るわず、15位という順位で大会を終えてしまった。



それからヨットの推薦で大学に進んだ先輩だったが、すぐに部活も、大学も辞めてしまったそうだ。

それだけあの大会にかける思いが強かったのだろう。

きっと燃え尽きてしまったんだ。



卒業してからもう10年、会うこともなくなったが、噂だけは耳にする。


なんでも演劇をやっているとか、絵本を出すとか。

随分と誰も想像していなかった道に進んだもんだ。



まぁでも、そう言われると、しっくりくる気もするな。

だってあのインターハイの日、先輩が作ったあの嘘の笑顔はとても上手だったから。

きっとあの頃から色々演じてたんだ。



こないだネットで写真を見たが、全然変わらないな、あの人は。

外見も、多分中身もそのままだ。



そうだ、僕が知るあの先輩は昔と変わらず、また別の道で命を燃やしている。




また燃え尽きてしまうその日まで。





第2話〜変わらない先輩〜




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