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蝶をひろいあげる

アスファルトの道路の真ん中に何か落ちている。私は犬を連れた散歩の帰り道である。
近づいてよく見ると、蝶が羽を閉じた状態で横向けになって倒れていた。

形は崩れておらず綺麗なままである。動いていないのでもう息絶えているのかもしれないが、このままにしておくには忍びない。犬が気が付いて興味深々といった具合で鼻を近づけるので、慌てて紐を後ろに引っ張った。
するとその勢いで横倒しだった蝶の体制が変わり、羽がひらひらと動いた。
まだ生きているようだ。

犬を後ろに引いたまま道路の脇から様子をみることにした。身体を起こせば飛び立つだろうと思ったのに、弱っていて力が残っていないのか、蝶に飛ぶつもりが無いのか、そのまま羽を閉じてしまった。

このままでは可哀想と思い、せめてそばの生垣にうつしてやろうと思ったが、思えば蝶を掴んだことなど小学生以来のことである。どうやってつかむんだっけ?どのぐらいの強さで掴んでたっけ?。フルスピードで小学生の自分が蝶を捕まえている場面を思い出そうと試みたが、手先の記憶までは曖昧だ。

私がもたもたしているうちに、白い工事車両が1台こちらに近づいて来た。少し離れた路地の先に、ヘルメット姿の現場警備のおじさん立っていた。道路の真ん中で犬をうっちゃりながらオロオロしている私を怪訝な様子で見つめている。あそこからは蝶がおちている事など見えないのだろう。

一瞬迷って道路の脇に戻った。このままこの車両を1台を見送って、無事でいてくれたら生垣に移そうと思った。幸い蝶が落ちているのは道路のちょうど真ん中あたりなので、タイヤに踏まれることは無いだろう。
目の前をゆっくり車両が過ぎた。車が起こした風につれていかれることもなく、蝶はそのままの姿で羽を閉じたまま立っていた。私は今度は迷うことなくさっと羽をつまんで、そばの生垣の葉の上に蝶を乗せた。脆いとおもった羽は意外にしっかりとしていて硬かった。

葉の上に乗っても、蝶はまだ羽を閉じたままでいる。
もうこのまま死んでしまうのかもしれないけれど、あのまま道路にいるよりはきっといいはずだと自分に言い聞かせる。
自己満足を味わったら次は別の欲が出た。この蝶を写真に撮っておきたい。この場にいない息子に見せてあげよう。それに私はこの蝶がなんという名前を持っているのかも、分からない。鞄から携帯を出してカメラを起動した。

蝶に向かってささやく。
ー羽、ひろげてごらん。

蝶は羽を閉じたままである。
ーもうしんどいのかな。
 綺麗な羽、一度広げて見せられる?

すると、蝶は閉じたままの羽を1回、2回と左右に動かした。返事をしてくれているような気になった。首を横に振ったのだろうか。
ーイ ヤ ヨ…?

もうこのまま見送ってあげた方がいいのだろうと、蝶に向けていた携帯を引っ込めたとき、蝶が羽をすぅっと、花が開くようふぅわりと、羽を開げた。

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こんなに間近に、羽を広げた生きている蝶を見たことはない。私は慌てて、それでも蝶を驚かさないように注意深くまたカメラを向けた。

ー見せてくれるの?
一人勝手に蝶との会話を続けてみる。

小さく声をかけながら数枚写真を撮った。その間に蝶は羽を閉じて、またゆっくりと広げる動作を二度繰り返した。
それは、蝶が自分の命がつきる最後に、綺麗な自分を見てほしいと訴えているかのように映った。

ーあなたが美しいという事はちゃんと見たからね。

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携帯を鞄に戻して、足元で落ち着かない犬をひと撫でする。蝶の動きがさっきよりも緩やかになっていくように思えた。いつまでも飛び立とうとしない蝶をそこに残したまま、私と犬はその場を離れた。

***

帰ってから画像検索でこの蝶の名前を調べてみると、あの蝶は「アカボシゴマダラ」という名前を持っているらしい。もしその名であっているのなら、あの蝶は特定外来生物に指定された、あまり歓迎されない存在のようだ。

ぽとりと道路に落ちていたあの蝶は、きっと自分が嫌われる存在であることを知らない。
あの蝶が「私をみてほしい」と訴えたのは、やっぱり本当のことのような気がしている。



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