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茨木のり子、須賀敦子、向田邦子。同世代だった彼女らは互いの作品を読んだだろうか。

茨木のり子、須賀敦子、向田邦子。
私が愛読しているこの3名の女性作家が、ほぼ同世代であることについて個人的に興味をもっている。

須賀敦子と向田邦子は同じ1929年(昭和4年)生まれで、1月生まれの須賀敦子の方が11月生まれの向田邦子より学年で言うとひとつお姉さん。茨木のり子は二人の3つ上の1926年(大正15年)6月生まれで、この年の12月に大正から昭和へ元号がかわる。

興味の始まりは、時期は異なるけれど3人の作家に出会って本を繰り返し読むようになってからだ。それぞれのエッセイや詩に感銘して作家個人へも興味を持つようになった。著書には共通して彼女らの少女期の戦争体験について書いたものがある。それらを読んでいるうちに、この体験をした時に向田邦子は何才だったのだろう。そういえば須賀敦子は?
茨木のり子が「わたしが一番きれいだったとき」であったと思ったのは実際何歳の事だったのだろう。

最初は他愛もない発想がきっかけで、自分調べで勝手に3人の年表をエクセルで作ってみたりしている。

一番左列に西暦と元号。
その横列にはその年に起こった大きな時世のニュースなどをメモしておく。例えば1945年太平洋戦争終戦や、1953年水俣で猫の狂死が相次いだことなど。そしてその横列に3名を順に並べて各人の年表を入力する。
結婚や留学や、著作の刊行など。
我ながら暇だな、、、と思うけれどこうして並列で見ていくと面白い。

終戦を迎えたのは、茨木のり子が二十歳前。須賀敦子と向田邦子はそれぞれ16歳。彼女たちのその時代の記憶が各々の心の奥深くに沈殿し、その後、必要な時を経てあのような作品に現われているのだと思うと、私の中でまた読んだあとの世界も変わって来る。

別々に読んだ戦時下での彼女たちの心に深く刻まれた事柄が、いつの間にか私の中で合わさっていく。そして自分が経験していない「戦争の中の暮らし」というものがぼんやりと体積を持ったような気がしてくるのだ。

同時代を別々の場所で生きてきた3人だけれど、彼女たちの家庭環境はどちらといえば一般的にも裕福な方であったようだ。勿論戦禍での苦労は耐え難いものがあったと想像するけれど、茨木のり子は医者の娘、須賀敦子の実家は事業を経営し、向田邦子の父は保険の外交員。
3人とも苦しく辛い戦争体験を綴りながら、どこか上品な気風があるのはそういった共通項の影響もあるのではないかと勘繰っている。

そして戦争が終わってからも、高度経済成長の波に乗る世の中を三人三様の芯のある表現の仕方で生き抜かれた、そのパワーみたいなものにも憧れる。

そして、私が最も興味を抱いているのは、彼女たちはどこかで互いの作品に触れあった事があるのではないかということ。

茨木のり子の初めての詩集「対話」が出たのが1955年。
茨木のり子が29歳、須賀敦子と向田邦子は26歳。須賀敦子はこの年にパリの留学から帰国し、向田邦子は雄鶏社で雑誌「映画ストーリー」の編集の傍らで脚本の勉強をしていた頃である。その後、須賀敦子はまたイタリアに渡り、結婚生活を送りながら日本の名文学をイタリア語に翻訳する仕事をはじめる。向田邦子は1960年代以降、ラジオドラマを皮切りにテレビでも華々しく活躍してメディアにも取り上げられるようになっていく。

互いを意識しあうという間柄ではなかったにせよ、同世代の女性の活躍を知らなかった事は無いと思われる。
そうならば、普段の生活の中で、ふと立ち寄った本屋で、テレビやラジオで、互いに出会っていなかったかと、ひとり妄想するのだ。

須賀敦子に関しては、イタリア滞在時期が長かった事や、初めての自身の著作である「ミラノ霧の風景」が1990年61歳の歳の刊行で、残念ながらそれ以前に向田邦子は飛行機事故で亡くなっていた為、著作に触れる機会はなかったのは確実だけれど、向田邦子が須賀敦子の本を読んだらどんな感想をもっただろうか、と思ったりする。

結果として、一番年上だった茨木のり子が2006年に80歳で亡くなり、この3人の中では一番長生きだった事になる。なら、茨木のり子はその生涯の中で須賀敦子や向田邦子の作品に触れたこともあったのではないか。

残念ながら、私調べでは互いの著作の中でそれぞれの作家について言及している文章にあたったことはないし、彼女らの本棚がちらっと映った記事などをよく見てみても、互いの背表紙は見つけられない。

それでも、なんとなく想像してみる楽しみをやめられないでいる。
この3人は互いの事をどう思っていたのだろうか。

想像は限りなく、新しく知り得た情報を、並んだ年表に編集する日々である。

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