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氷柱になって遠くを見つめて


 昨日から小雨が降り、今日もまた思いつきで降ったり止んだりしていたのだけど、生活圏内で雪は降らず、遠くの山とかちょっと向こうの山とかが雪で真っ白になっているのに、ここらへんだけ雪が避けているな、といった模様で、つまらない!という私の気持ちを晴らすべく、山へと車を走らせた。

 山道といえどちゃんと道路は通ってあるのだけど、山道に入ってすぐに猪の子どもに遭遇した。母猪はいなかったけれど、一匹で道路にいたので迷ったのかな〜なんて言いながらそっと通り過ぎた。

 山を登ってゆくにつれ、道端に溶け残った雪の道が細くあったものがだんだん太くなり、しまいにはそこら一体が真っ白な雪景色へと変貌し、たかだか10分ほど走っただけでこんなにも違うものなのかい、と驚いた。そしてめちゃくちゃに寒い。しかし途中でこれ以上は車が進めないし危険だということで途中で車を停めて歩いた。

 凍てつくような寒さを顔で受け止め、みるみるうちに肌がこわばって痛くなっていくのを楽しみながら歩く。この山の上に民家ってあったっけ?と一緒にきた人と話しながら、すでに凍ってる轍を滑りながら歩く。誰にも踏まれていない雪はさらさら雪で、握ってももろもろと崩れていく。雪だるまには少し向いていない雪。

 耳が痛くて、鼻先も痛くて、歩き始めて呼吸が整うまでの、あの乱れの間に吸い込んだ息がとてつもなく冷たくて痛くて、このままずっとこんな痛いんだったら歩くの辛いぞ?と頭の中で考えていたのだけれど、呼吸が落ち着いたら冷たさなんて気にならなくなって、むしろ気持ち良く感じていた。

 そうして歩いていると、通り過ぎた後ろの道からパシャ、と水が跳ねるような、こぼれたような音がした気がしたので振り返ると、そこには綺麗な氷柱がたくさんできていた。

細いのも太いのも、全部キラキラしていて美しかった。
実は間近に氷柱を見たのが初めてで嬉しかったので、ずいぶん長い間ここに立ち止まって眺めていた。


 山の水が流れてきてできている、本当の自然の芸術を目の当たりにしたのだけど、パワーを感じるというか、寒さも何も関係なく、その美しさにだけ集中して、しばらくそこから動かなかった。こんなに綺麗なんだね氷柱って。

冷たいとは分かっていても触ってみたくなって撫でるし、ああ本当に冷たい、と当たり前のことを口にして喜んでいた。本当に綺麗。氷柱ができるほどの場所が私の住む場所にはないから、とても珍しく思えた。ただ私が見逃しているだけかもしれないけれど。

触って折れちゃった氷柱がハリーポッターの魔法の杖みたいで、つい楽しくて振り回していた。でもそのうちに指揮棒のように思えてもきて、気がつけば4拍子をとっていた。
氷の中に流れるように連なって閉じ込められている気泡が綺麗だったな。ガラス細工のようで。むしろ氷の美しさを知っているから、ガラス細工のような透明な芸術品が生まれたのかな。


 氷柱を持っている手はキンキンに冷たかった。だけど外気も冷たいから溶けるのが遅くて、長い間降っていた。最後は情けなくも落として割ってしまい、うわーー!と声が出た。ごめんよ…!と謝りながらもそのまま捨て置いてきてしまったのだけど、振り返ってみたらもうどこに落としたのかわからなかった。

 帰りは下り坂をスケートのように滑りながら車まで向かった。

 真っ白な世界と氷柱の美しさを堪能した午後。思いつきでもこうしていつもの生活圏よりちょっとだけ奥へと足を踏み出すと、いろんな出会いがある。そういった楽しみ方をしたのももう久々のことで、こんなこともできるようにはなってきたのだなあと思った。それにしても最近雪が積もってくれない。積もっておくれよ。


 そうして夜はばななさんの『ミトンとふびん』を読み終えた。
 喪失を描く物語は今までいろんな作家さんの作品で読んできたけれど、ばななさんの作品で描かれる喪失ほど、身に沁みて、そして、それをあるがままに受け入れていくその流れごと、心で受け入れることができて、しかも共感できるものもないなあと思う。
 私はやっぱり人のそういった傷つきや喪失に触れている物語が好きで、好きっていうとなんか変なふうに捉われちゃいそうだからあれなのだけど、とにかく、人の心の繊細な部分に触れている物語を読むことで、自分の心も治癒されていくから好きなのだ。そうして、他者にも寛容になれる気がして。

 今作だって、人の死を受け入れて生きている人々の心やその生き方を描いているけれど、私もいつか、大切な人を亡くした時に、その喪失に胸を傷めながらも生きていけるのか、と不安になっていたので、読んで良かったと思った。
 ああ、あるがままに、生きてゆくしかなくて、終えてゆくしかないのだな。それは諦めではなくて。悲しみも寂しさも痛みも全部受け入れて、生きてゆくしかないのだと、そう教えてくれる。それが一番いいよって。

 幼い頃、母や家族が死ぬことが意味もなく恐ろしかったことを思い出す。未だに夢に見るだけでも、想像をするだけでも泣いてしまうくらいには怖いのだけれど。そういった怖さが近くにある人からすればこの本はきっと慰めになると思う。人はいつだって一人だけれど、誰しもが誰かの喪失を抱えて生きているのだから、大丈夫だ、生きてゆけるよ、となんだか背中をポンと叩いてくれたような気がする。

 大切な人たちのことはできるだけ大切にしたいと思った。

 そんな日でした。

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