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つめたい安全地帯に包まれる


 とっくに日が昇っている時間帯に布団の中でぬくぬくとしていると、ふいに保健室のベッドを思い出す。

 高校生になってから生理が来るようになって、生理痛は下腹部痛や腹痛、頭痛、いろいろな症状になって私を襲い、毎月一回は必ず保健室でお世話になっていた。保健室の先生はおっとりとした物腰の柔らかな先生で、生徒たちの悩み事も真摯に聞いてくれる優しい先生だった。

 生理痛でお腹が痛いと訴えると、いつも先生はおしぼりを水分多めに濡らした
ものを電子レンジで温めて、それをビニール袋に入れたものをタオルに包んで渡してくれていた。即席カイロ。これがまたとても温かくて、すぐに下腹部はスカートの折を超えて熱くなってくる。そうしているうちに布団でも寝かせてくれるのだけど、あの白くて固い寝台と、これまた固くて薄めの掛け布団の中に、ブレザーを脱いで、スカートの折り目を気にしながら入り込むと、布団の冷たさが全身を包んで小さく身震いする。なるべく動かないようにじっとしているうちにだんだんと自分の体温で温かくなってきて、快適な温度になってくるのだ。寝返りをうつと柔らかさのない布団なのですぐに隙間が空いてしまって冷気が入り込んでくるので、できるだけ仰向けのままでいる。

 あんなに薄いのに、空気さえ入ってこなければ保温性はとても良くて、気がつけば目を閉じていた。持ち込んだ即席カイロのおかげで、下腹部はすでに熱いほどで、時々ずらして熱を逃がしながら温める。鈍痛の程度は波のように痛みが押し寄せては引いていくのをくり返しているので、温めているほかないのだと諦めていた。
 カーテンの向こうで先生がキーボードをリズムよくタイピングをしてる音や、薬品を触って金属音が鳴るのを聞きいていると、だんだんうつらうつらとしてくる。そのうち知らぬ間に眠りの海へと引き込まれていって、終了のチャイムの音で目が覚めるのだった。目覚めるとすっかり腹痛は治っているし、すでに温もりのなくなった冷たい即席カイロは寝ているあいだに横に落ちていた。
 
 保健室のあの独特な、消毒の匂いに満ちた透明な空気がとても好きだった。ヒソヒソ話をしてこちらの容姿をとやかく言い合っている生徒の声や、その視線を感じることもなく、安心していられるあの時間が好きだった。どこにも味方なんていないと思っていたのに、ここではそんなことを考える必要もないのだと思えるのが嬉しかった。

 そんな保健室という安全地帯のことを今更思い出すのは、今が寒い冬だからだろうか。夏や秋に比べて朝が静かで、空がいつまでも明るくならない淡い曇天だからだろうか。自分の布団も十分あたたかい。保健室のような固いものではない、ふかふかの布団。ここもまた私の安全地帯だ。

 

布団の中で本を読んだり、書いたりしているうちに時間が過ぎていく。起きなければ、と勇気を出す頃には、体は芯まであたたまっているのだった。

 
 実はさっきまで友人が子どもを連れて遊びに来ていたのだけれど、うちには遊び道具がないので、たまたまテレビでやっていたムーミンをみたり、猫と遊んだりしていた。とても楽しかった。またゆっくりと遊びたい。

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