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寒くない朝ほど外は静かで



 土曜日、久々に本屋に行った。


 その前の日の夜くらいから、本を(たくさん)買いたいという欲望が沸々としていて、その欲を発散すべきか否か…と迷いながらも、本屋に行った。

 行ってみたらやはり買いたい欲は収まらなくて、すぐにひょいひょいと手に取っている自分がいた。

 結局たくさん迎えてしまった。全て読みたかった本。全て手に取れて嬉しかった本。ありがとうございました。

意図としていないのだけど、全体的に青系の表紙ばかりになった。静かな色合い。

 どれもこれも読みたいと思っていて、どれもこれも面白いと思っていた本。

 ちなみにすでに今日までで『USO』だけ読んだ。おい。めちゃくちゃ面白いじゃないか。嘘というテーマひとつでこんなにさまざまな物語があって、漫画があって、なんだいこれは。しかもvol.3まであったので、『もし読みきれなかったらあれだし1だけにしとこ』って思って買った自分を心の中でアホやんと盛大に突っ込んだ。一番先に読み切ってもうすでに続き読みたくなってるやん。アホやん。(そのうち買いに行きます。必ず。)

 それと、『ベルリンうわの空』を買ったのだけど、これ実は最終巻。後ろに1、2がある。実はメインの棚に表紙を見せて置いてあったのがこの最終巻だったので、必ず1、2巻もどこかの棚に挿されてあるだろうと思っていたのだけど、その棚を探す前に他の本も吟味していたので、探さないでいた。
 そうして他の本を見ているうちに、一緒に店内にいたお客さんが店主さんに何やら相談していた。
 
 かいつまんで耳に入ってきたのは、何やら『娘さんに本の贈り物をしたいのでおすすめありますか』みたいなことだった。どういう本を読んでいて、などを店主さんと話しているうちに、それならこれはどうですか、とおすすめされていたのが『ベルリンうわの空』だった。やはり全巻揃っていた。それを真剣に吟味している見知らぬお母さんの姿がとても印象に残っている。

 実はこの日、珍しく私は母と二人で入店していた。普段、滅多に本を読まない人なのだけど、その日はたまたま二人きりで出かけていたので、行きつけのとても素敵な本屋さんなのだと、紹介するのも含めて連れてきたのだった。
 だが、私はめちゃくちゃ気を使うタイプなので、私の楽しいものが母にとっても楽しいものだとは限らないという思いが前提にあるのと、見知らぬお母さんが娘さんのために本を一生懸命悩んでいるところとで、なんだか妙に居た堪れない気持ちになったのだ。

 母を待たせているという感覚と、(いくらでも見て、と言われていたけれど、その言葉が余計に私を急き立てる)『ベルリンうわの空』が挿されている棚の前で娘さんが気にいるかどうか悩んでいる見知らぬお母さん。店内に流れるおしゃれな洋楽。クリスマスソングだったように思う。
 ここで私が隣に立ち1、2巻に手を伸ばす勇気はなかった。そのせいで娘さんへのプレゼントへ間接的に水を差すことになるのは避けたかった。そういう空気を、私が壊すことは避けたかった。

 そうして私は、自分の中では十分な理由になる理由を抱え、選んだ行動が最終巻のみを買うことだった。パラパラめくっていると、最終巻だと思わなければこれだけでも楽しめるような気がして、残りの1、2巻のことは考えないようにした。でも表紙の色は覚えている。黄色と赤だ。

 レジで会計を済ませて母と一緒に店を出た時、母は私の買った本が入った紙袋の中を覗き、
 「佑季が買ったこの本、表紙が綺麗やなって思ったんよ、」と言いながら指したのは小川洋子さんのエッセイ『遠慮深いうたた寝』だった。
 
 私も、そう思ってて前から欲しかったんよね、と言いながら同じ本を見た。
 
 「陶磁器みたいで綺麗な表紙やなーって思ったけど、私はよー読まれへんから、」と言いながら、母は歩き出した。

 素敵な本屋さんだったやろ、と聞くと、「そうやな、ええ雰囲気やったね」と言った。それだけで十分だと思った。

 あの見知らぬお母さんは、結局『ベルリンうわの空』を買ったかどうかはわからないし、もしかしたら買わなかったかもしれない。今もあの本はあのまま棚に挿されているかもしれない。それもまた一つの縁で、もしまた次回、行ったときにあれば、残りもお迎えしたいと思っている。


 今年も残り半月ほど。それまでに読み切れたら、今年のベスト本が決まると思う。
 今年も半分過ぎたころからすでに、『今年もいい本たくさん読んだなあ』と思っていたので、その思いは継続したまま、一年を終えられそう。


 また一週間が始まる。穏やかに生きられたらいい。





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