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英語で「G」のことってなんていう?〜オーストラリアの洗礼〜

名前を呼んではいけない例のあの虫「G」のことを英語でなんというか、皆さんはご存知だろうか。

英語で「G」は、「cockroach(コックローチ)」である。

僕はこの英単語を生涯忘れることがないだろう。

ショッキングな体験とともにそれが記憶に刻まれたからだ。

僕は「cockroach」なるものに、南半球で出会った。


1. オーストラリアのケアンズに短期留学


僕は18歳の頃、二週間だけオーストラリアのケアンズに滞在したことがある。

ケアンズという街は、オーストラリア北東部に位置し、グレート・バリア・リーフの玄関口・クイーンズランド州の一都市である。
シドニーやメルボルンと比べると知名度は劣るが、ラグーンや熱帯雨林や渓谷など見どころは多い。

ケアンズには、英語の短期留学のために行った。
高校卒業後、大学入学前に少しだけ時間ができて、周りから勧められるがままに、短期留学することを決意した。
なぜ数ある英語圏の留学先の中からケアンズを選んだのかというと、ただ単純にキャンペーンで安くなっていたからだ。

ケアンズで過ごした日々は、たった二週間だったが、エキサイティングな日々だった。
現地オーストラリア人をはじめ、留学仲間の中国人、韓国人、フランス人、スペイン人など、外国人たちと初めて接点を持ち、世界と触れ合うことを知った。


2. 今日のテーマ


さて、ここまでケアンズや短期語学留学について触れてきたが、もう忘れてもらって構わない。

今日のテーマはGあらためゴキブリである。

ああ、冒頭で名前を呼んではいけないと言っておきながら、ついに名前を呼んでしまった。

字面を見るだけで気持ち悪くなる方々、ごめんなさい。

でも、ここから先はコイツのことを「ゴキブリ」と書かなければ、どうもうまく説明できないのです。

少しでも語感をかわいくするために、「ゴキブリ」のことを「ゴーリキ」と表記しようか迷いましたが、また別の問題が発生しそうなので、控えておきます。


3. オーストラリア到着日


あれはオーストラリア到着日。
3月だったので、南半球では夏の日だった。

早朝5時頃にケアンズ国際空港に着くと、ホームステイ先の主人、スチュアートが迎えに来てくれていて、家まで車で送ってくれた。
スチュアートは、体が大きくて、おおらかで明るくて、気のいいおっちゃんだった。

僕はといえば、英語が得意ではなく、車内でのスチュアートとの会話はボロボロで、先が思いやられた。(僕はこの留学期間の最初の一週間で「What?」(なに?)を連発しすぎて、のちにスチュアートから「Whatマン」という屈辱的なあだ名をつけられることになる。)

車内での会話の噛み合わなさは悲惨なものだったが、それでもジェスチャーなどを交えながら、かろうじて3つのことはわかった。
スチュアートがバスの運転手であること、彼の3人の息子たちは既に家を出て独立していること、そしてスチュアートの家には僕の他にもホームステイしている留学生が2人いること。

他の2人の留学生とは、20歳のフランス人女性と17歳の中国人男性らしい。
フランス人女性と聞いて、勝手に金髪スレンダー美女を想像し、胸が高鳴った。
ホームステイ先でのロマンチックな展開まで妄想した。
しかし、この車内の会話の数時間後には、マツコデラックスさんとほぼ同じ体型の、体重100kg超のフランス人女性と顔を合わせることになるのだが、それはまた別のお話。

スチュアートは僕を家まで送り届けると、部屋に案内し、「時差ボケもあって疲れてるだろうから、寝たら?」(=青砥青年の脳内自動翻訳によるもの)と助言を残し、そのあとすぐに仕事に出かけていった。
バス運転手の朝は早い。

この部屋は、今日から二週間、僕の個人部屋になるらしい。
部屋は6畳ぐらいで、大きめのベッドがひとつと、小さな机がひとつ。
部屋のほぼ全てのスペースをベッドが占めていた。

スチュアートの奥さんや僕以外の2人の留学生はまだ寝ているようで、家の中は物音ひとつしなかった。


4. ゴキブリ現る


さて、オーストラリアに到着してからホームステイ先の家の部屋に入るまでを語ってきたわけだが、ここまでの段落は全て忘れてもらって構わない。

繰り返しになるが、今日のテーマはゴキブリである。

ここから先は、ゴキブリのことだけを考えてほしい。


スチュアートが言うように時差ボケのせいなのか、とにかく疲れていたので、僕は横になることにした。
でもその前に、早朝にもかかわらず暑くて仕方がなくて寝られる気がしなかったので、まずは冷房をつけることにした。

ベッドの上に置かれていたリモコンを手にとると、枕元側の壁の上にあるエアコンにリモコンを向けて、スイッチをオンにした。
エアコンが「ピッ」と鳴り、吹き出し口から「ヴォーッ」という音とともに強風が吹き出してきた。

そのときだった。

見たことないサイズのどデカいゴキブリが、とんでもない勢いでエアコンの吹き出し口から飛び出してきた。





「ギャー!!!!!」





オーストラリア初日。
この日僕が発した日本語は、この「ギャー」だけであった。
(リトル青砥「ギャーは日本語ですか?」
 青砥「はい、日本語です」)




エアコンから降ってきた巨大ゴキブリは、枕元に着地すると、すごい勢いでベッドを駆けずり回った。

デカくて速い・・・!


巨大ゴキブリは、枕元付近まで戻るとそのままベッドの裏側に回り込んだように見えた。
そして、見失った。


僕は膝から崩れ落ちた。

到着したそばから、とんだ災難だ。

この部屋には、巨大ゴキブリがいる。

こんな部屋で、寝られるはずがない。

汗が全身から吹き出して止まらなかった。


5. ゴキブリって英語でなんていうんだろう


僕はまず、部屋から出てこの家の住人に助けを求めようとした。

誰かを捕まえてこう言わねば。

「この部屋にゴキブリがいます!デカすぎて僕の手に負えません!助けてください!」

そこでふと疑問が生じた。

「ゴキブリって、英語でなんていうんだろう」

僕は焦る気持ちを抑え、持参していた和英辞書を開いた。

そこにはこう書かれていた。


ゴキブリ
cockroach 《略式》roach 

例文
If you see one cockroach, think that there are hundred.
ゴキブリは一匹いたら百匹いると思え。



なるほど、ゴキブリはcockroach(コックローチ)っていうのね。
ゴキブリって日本語の響きも気持ち悪いけど、英語名もなんか嫌な語感だな。
まあでもOK、コックローチね。



ん?この例文なんだ?




ゴキブリは一匹いたら百匹いると思え。





例文を凝視した。

そして絶句した。

一匹ゴキブリを見つけたら、百匹いると思わなければいけないらしい。




神様、これがオーストラリア、いや、オウストレイリアの洗礼ですか。

僕はオウストレイリアに、100匹のゴキブリ退治に来たのですか?

現地で最初に覚える英単語が「ゴキブリ」って、あんまりじゃないですか?

僕、前世で何か悪いことしましたか?

前世がゴキブリで、人間様に嫌がらせしましたか?



6. 葛藤


結局、助けを求めに部屋の外に出るのはやめた。

まだ朝の5時台。この家の人たちは、全員寝ているのだ。

会ったこともない知らん奴に早朝からコックローチのために起こされたら、どんなに優しい人でも嫌な顔をするだろう。


コックローチを始末しなければ安心できまいと思う一方で、どうしても一眠りしたい自分もいた。それほど疲れていた。

僕は思い切って、ベッドの足元側を横断するように、枕側に背を向けて、横になってみた。
コックローチを見失ったのが枕側だったので、枕側はデンジャラスゾーンと思い、足側にうずくまったのだ。
寝ている間にコックローチに自分の体を這われないよう、少しでも表面積を減らそうと考え、肩を寄せて膝を抱えて丸まって、塩をかけられたナメクジみたいに縮こまった。

そんな状況でも案外そのまま眠りにつくことができ、1時間ほど寝ることができた。相当疲れていたのだろう。


7. 決着


起床後すぐに、部屋の壁でコックローチを再発見した。

僕は反射的にベッド脇に脱ぎ捨ててあったスニーカーの片方を右手で拾った。

スニーカーを卓球ラケットのように構え、コックローチめがけて、一思いに右手を振り抜いた。

一撃だった。

あのとき、僕の右手には福原愛ちゃんが宿っていたと思う。


Goodbye cockroach.


これが、僕がオーストラリアで浴びた洗礼であり、そしてcockroachという英単語を深く記憶に刻んだ出来事だ。



オマケ) その後


数日後、ホームステイ先の主人スチュアートが裸足でゴキブリを踏み潰しているところを見た。
僕が驚いたリアクションをすると、スチュアートは僕を見て、「ワイルドだろぉ〜」というドヤ顔をしていた。
日本でスギちゃんのワイルドネタが流行る何年も前のことだったが、僕の中での元祖ワイルド男はこのスチュアートである。

それにしても、環境は人を変えるものだ。
だって、二週間後にオーストラリアを去る頃には、僕も躊躇なくゴキブリを踏み潰すことができるようになっていたのだから。


おわり

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