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ハイボール劇場 〜十三編〜
磯丸水産をみると、店に入らなくても口と鼻の間のところに記憶が呼び覚まされる。
服にこびりつく魚の匂いと、濃いハイボールの味と、それから100円の味噌汁の熱さ。
そんな記憶を振り切りながら、今日は絶対に磯丸には入らないぞと心に決める。駅前にこうもでかでかとあると、そそのかされそうになってしまう。
時刻は16時を過ぎた頃。それでも人通りの多い交差点を渡って商店街の方を少し歩くと、真新しいもんじゃやさんがあるのを見つけ、今日の一軒目はここにしようと決めた。
絶対入店するから、と心の中で謝りながら一旦店の前の灰皿で一服。
全く油臭さを感じない明るくて綺麗な店内と、赤いネオンが光る店構えは目を引くのだろう。前を通り過ぎる人たちはみんな店の中を覗いて、「へ〜もんじゃか」とか「なんかめっちゃおしゃれ、映えそう」とか「綺麗やな、もんじゃのくせに」とかリアクションしていた。もんじゃのくせに、か。
一服を終えると少しだけ申し訳なさそうな顔を作りながら店内に入る。そんな私を、店内同様明るい声でいらっしゃいませと出迎えてくれる。
席に着き、受け取ったメニューを見てみると、もんじゃのメニュー名が全て偉人の名前になっていた。同行していた友人と「こういうの嫌やなぁ」という会話をする。普通の味のもんじゃはよく食べるので、珍しいカルボナーラの味のもんじゃを選んで、注文するときに「ヘレンケラーください」と言った。かなり恥ずかしかった。
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もんじゃを自分で作るとトッピングが1つ無料になるというサービスを見たので、自分でやります、と言って明太子を追加。もちろんもんじゃでも、お酒はハイボール。
他のお店でも何度かセルフで作ったことがあるので、もんじゃ作りはもうお手の物だ。厚いベーコンを鉄板の上で切り、キャベツを刻み、土手を作って生地を流し込む。頃合いを見て混ぜ、チーズをかけるだけ。それだけでヘレンケラーは簡単に完成した。
まだ時間が早いのでおやつ感覚で食べようと思ってもんじゃを選んだのだけれど、ヘレンケラーは結構ヘビーだった。重い。
小学校の時に図書室でヘレンケラーの伝記を借り、通学路を歩きながら熱心に読んだことがある。あの内容並みに重い。
そういう意味のヘレンケラーだったのだろうか。だとしたら他の偉人を食べた時に自分がそう感じるのか試してみたい気持ちにはなった。
本当なら二軒目三軒目ともっと色々な店に入りたかったのだけれど、お腹が満たされてしまったので、
もんじゃやさんを出てすぐ目の前にあるお酒の美術館へと入った。ウイスキーの種類が多く、ハイボール好きにはもってこいのお店だ。
店内にはすでに出来上がっている3人組のおじさんたちがおり、陽気に話していた。初めは絡まれないように静かに飲んでいたけれど、途中から3人のその陽気の波に巻き込まれてしまった。
「俺ら今日知り合って飲んでんねん。めっちゃ仲ええやろ」
そういう3人組を改めてよく見ると、確かにスーツだったり作業着だったり私服だったりと、みんな出どころが違うのがよく分かる。静かに飲んでいた私たちに対してのコミュ力を見れば、今日が初対面というのも信じられる。
「今からカラオケ行こうおもてんねんけど、一緒に行こや」
しきりに話しかけてくるのは私服のおじさんだけだったけれど、何となくそのおじさんに既視感があった。初対面のはずなのに既視感を感じさせるという能力、これこそがこのおじさんのコミュ力というものなのだろうか。
ハイボールを3杯ほど飲んだところで胃が少し空いてきたので、カラオケは丁重にお断りしてお酒の美術館を出る。
次どこ行こうか〜と、周りを見渡した時、頭にふと先ほどの既視感の正体がよぎった。なんか見たことがあるなと思っていたあのおじさんが着ていたシャツ。あれは、出店なんかでよくみるからあげのカップの柄だ。オレンジと白のストライプで、竹串が刺さっているあのからあげカップ。
それに気がつくともう、からあげが食べたくて仕方なくなってきた。
私たちはからあげを探し、また歩き始めた。
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