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「ソクラテスこそが哲学者であり、ソフィストと生涯対決した」という図式は、プラトン独自の戦略だった。

文化の読書会ノート

納富信留『ソフィストとは誰か』第一部第一章 哲学問題としてのソフィスト 「ソフィスト」ソクラテス

アリストテレス『ニコマコス倫理学』と本書を交互に読んでいる)


西洋哲学史では「ソクラテス以前・以降」と区分けすることが多かった。

1932年、F・M・コンフォードはソクラテスを軸として、自然や宇宙の探求から、人間や道徳への関心へ移ったと講義した。キケロもソクラテスを「はじめて哲学を天空から呼び戻した」人物と呼ぶ。

しかし、これらの見方は矛盾を孕む。例えば、原子論者のデモクリトスはプラトンと同時代の人間であるが、「以前」として扱われる。思想の内容で区分されてしまう。

他方、ソフィストの主たる関心は、社会、道徳、政治、言語である。よってソクラテスやプラトンと並べて良いはずだ。しかし、そうするとソクラテスより年長のプロタゴラスやゴルギアスが哲学史の転換をはかったとなる可能性が生じる。にも拘わらず、ソクラテスよりソフィストを高く評価する声は哲学史にはない。

このように、ソフィストの位置づけは難しいーこの問いかけ自体が哲学のテーマである。同様に、ソクラテスを転換点とする図式にも疑問がある。つまり、ソクラテスもソフィストも、紀元前5世紀のアテナイで似たような問題意識をもっていたことは否定できない。

ソクラテスは前399年、70歳にして刑死するのだが、「ソフィスト・ソクラテス」として糾弾を受けた結果である。ポリスの認める神々を認めず、若者と「徳とは何か」と対話を交わし、腐敗させることに加担している、と。ソクラテスにとっては徳の配慮であり、徳を教えることではないとの狙いがあったにもかかわらず、である。

対して、プラトンは『ソクラテスの弁明』のなかで、ソクラテスは金銭をとって教育に従事するソフィストではない、と主張している。プラトン対話篇の影響で「殉教者・ソクラテス」として、キリスト教のパオロの布教活動になぞらえる見方さえも生まれた。

しかし、アルキビアデスやクリストファネスといった反民主的・反社会的な政治家を生み出した「徳を教えた(とみえた)」ソフィストとしてのソクラテスは、前4世紀のアテナイ人にとって自然な受け取り方だったのだ。

より弱い議論を強くみせかけるソフィストの能力「弱論強弁」をソクラテスこそが発揮したと見られたのである。自らを「知らない」と言いながら、知者を論破するソクラテスが「弱論強弁ではない」と判断すること自体に無理がある。

それでは「哲学者・ソクラテス」はソフィストからどう区別されたのか?彼についての生前の資料は、アリファストファネス『雲」しかない。よって死後の資料から想像するしかないのだ。

手がかりは「ソクラテス文学」と呼ばれる、ソクラテスの弟子たちの手による著作の数々だ。彼らは独自の視点で理想のソクラテス像を、お互いを意識しながら描いた。そのなかでソフィストとの対比を唯一示したのがプラトンであったのである。そして、ソクラテスのみがソフィストとして死刑に処されることを受け入れたこと自体が、哲学者としてのあり方を示しているとプラトンは訴えるのであった。

プラトンの同世代であるクセノフォンの4つの作品においても、ソクラテスを「哲学」との関連で扱っているところは少ない。「ソクラテスこそが哲学者であり、ソフィストと生涯対決した」というプラトン対話篇の図式は、プラトン独自の戦略だった可能性が強いとする根拠である。この戦略によってつくられた対立軸による区別が後世に受け継がれた。

<わかったこと>

「歴史をつくる」というのは、先を見据えて、自説の独自性と正当性を主張することである、と言えそうなプラトンの戦略が説明されている。「同時代の多くの人たちには見えないが、私には見える」と言い切れる人の戦略である。

結果、同時代よりもその後に「継ぐ人」の資質いかんによって、戦略はより強い路線をつくっていく。そして、「継ぐ」とは、ある人の主張を全面的に継ぐのではなく、適用しやすい部分をつなぎわせていくことでもある。

しかし、ここで思うのは、つなぎ合わせるのは論理的な次元だけでなく、態度や姿勢あるいは感情をも含むのだろうということだ。プラトンと他の弟子たちとの間にあった差異は、ソクラテス死後の戦略の考え方とともに、生前にソクラテスをみつめる目がどこか違っていたー良いか悪いかは別としてーことによるのだろう。

それにしても、哲学の誕生は宗教との距離のとりかたによったと言えるが、「宗教的なるもの」と哲学の相互関係に関する考え方は、自分でも深めておきたい。これが科学思想や啓蒙思想との関係を見る時にも貢献するはずだ。

冒頭の写真は丹後から眺める日本海の水平線




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