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暗雲


日本に帰ってきてからは、Pの事を気にしながらも、私はまた仕事に没頭していた。

短期契約でした仕事も派遣会社から延長をお願いされたり、丁度良いタイミングで別のオファーがあったりと、仕事的にはかなり順調だった。

そしてそんな時、偶然のめぐりあわせで、ずっと探していた「やりたい仕事」の求人を知った。

ダメ元で思い切って応募したら、幸いにも採用してもらえることになった。

自分のスペック的にはちょっと難しいと思っていたレベルだったけれど、これまで以上にたくさんのことが学べる仕事だ。

嬉しくて、Pに報告した。

チャット越しに話したPは、どこかそんなに喜んではくれてないように感じた。

「その仕事は、結構ハードなんだろ?もう休暇を取ってアメリカに来たりできないんじゃない?」

「もちろん、勤め始めは長期休暇は無理だけど、上司も旅行するのに休暇を取ってる、って言ってたから、私も取れそうだよ。なにより、この仕事を経験することで、これから仕事の幅を広げることが出来そうなの!」

「そうなんだ・・・やりたい仕事が見つかってよかったね。」

一緒に喜んでくれると思っていたので、彼の反応にちょっとがっかりした。


Pとは相変わらず毎日長文のメールのやり取りが続いていた。

彼のご両親のお仕事も無事元通りになり、彼はやっと自分のことを考えられるようになったようだ。

ある日、音声チャットで話していた時に、「ねえ、MBAを取ろうと思うんだけど」と言い出した。

「すごいじゃない?アメリカで取っておけば、かなり就職に有利なんだよね?」

実は、以前から私も興味があって既にいろいろ調べていたことだった。

「オーストラリアで取ろうと思うんだけど。」

「え?!どうして?!MBAを取るなら、アメリカのほうがずっと、レベル的にはいいんじゃないの・・・?」

「うーん、ホントは日本で取れればと思ってたんだけど、日本にはコースが見つからなくて。」

少しでも私の近くに来てくれようとしてくれていると感じて、嬉しくなった。でも、当時の日本にはまだ本格的なMBAコースは確かに無かった。

「実は、私も以前調べたことがあったんだけど…あなたの地域の大学のMBAコースは、かなり評判がいいらしいというのをネットで見たんだけど。」

「うん。知ってたんだ?そっちも実は考えている。」

「いろいろ調べてみて、あなたの希望に合う所を選んだほうがいいよ。日本に来るのはその後になっても…私は仕事が落ち着いて休暇が取れ次第、あなたがどこにいても、すぐあなたのいる場所に行くから、折角のチャンスを大事に考えてみて。」

「ありがとう。・・・でもMBAコースの前に、日本に語学留学っていうのも考えているんだ。それはどう思う?」

突然の発案に、嬉しくなった。

「もちろん!私のいる場所の近くなら最高だけど、それ以外の場所でも日本国内ならもっと頻繁に会いに行けるから、もし日本に来るなら嬉しい!」

ちょっと興奮気味に答えたら、彼は笑って「OK。ちょっと予定を立てるよ。」と言っていた。

日本でも会えるなら・・・と夢が広がった。


クリスマスが2回、誕生日が1回・・・お互いにプレゼントを贈り合うようになって2年が経とうとしていた。

私は、希望を持ちつつもハードな仕事に毎日疲弊していた。たくさんのことを学んでいるが、正直体と心がすこしついて行かなくなっていた。

一方Pは、日本への語学留学の準備を進めていた。3か月程度の予定で、最終的に悩んで決めた語学学校は、私の場所から飛行機で2時間のちょっと遠くの場所だった。

「週末とか、会いに行ってもいい?」

「いくら国内と言っても、そんなに頻繁には高くつくだろう?でも、リアルタイムに電話で話せるから、今よりずっと近く感じるよね。」

そして、とうとう彼が日本に到着する頃、私は彼の来る場所の近くに出張予定が入った。

「偶然だけど、ちょっと会える!会いに行っていい?」

「そういうことなら、嬉しいよ。会えるのを楽しみにしている。」

いつもは嫌いな出張も、この時はワクワクして準備していた。


日本に到着したPから連絡が入り、私は出張の合間を縫って彼の宿泊先に向かった。

長時間の旅行で、かなり疲れているようだった。

「疲れたでしょ?無理しない程度に、ちょっとご飯食べるぐらいでいいよ。」

Pは疲れながらも嬉しそうにしてくれたので、ちょっとホッとした。

「今晩は一緒にいれる?」

Pにすがるような眼で言われたが、夜に接待が一件入ってしまっていた。

「ごめん…今夜は仕事が入っていしまっていて。改めてまた、出張じゃないので来てもいい?やっぱり一緒にゆっくりしたいよ。」

「大丈夫。分かった。無理言ってごめんね。」

寂しそうに言う彼に申し訳なさでいっぱいだった。

心に無理をして仕事に向かったが、その夜の接待は、ほぼ上の空だった。


取りあえず出張は無事終わり、私はまた自分の場所に戻った。

PはPで、日本生活を満喫し始めていたようだった。

日本的なとある武道に興味を持って、その教室にも通うようになり、日本人の友人も増えて楽しそうだった。

ただ、私が彼のところに行きたい、というと「お金がかかる」と言ってなかなか受け入れてもらえなかった。私にとってはアメリカに行くよりも安くて気軽なのに、と言っても「君ばかり、お金を使うことになる。」と言ってなかなか聞いてもらえなかった。


でもその後、とうとうPが私のいる所に遊びに来てくれることになった。

嬉しくて、いろいろな計画と準備をし始めた。

ただ、母がPに会いたいということで、Pと私の実家に2泊ほど泊まることになった。

・・・これが大失敗だったと、後ですごく後悔することになる。



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