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信州をめぐる冒険 4日目その2

2020.10.30 Wed.
 4日目――秋が走る


黄金の秋

JR最高点   → (徒歩)  →   清里駅

 最高点を発った僕は、国道沿いを歩いていく。国道141号。秋風の中。車の往来は頻繁だけれど、徒歩の人間は僕の他に誰もいない。でも歩道があるということは人が歩くことを想定されて整備されているということだ。
 しばらく行くと、県境が見えてきた。

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 山梨県、である。もしかして、山梨県に降り立ったのは初めてかもしれない。通過はしたことあるけれど。
 きれいな紅葉の中、まっすぐに道は続く。また歩いている。こんなにきれいな景色の中を。

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 道路の向こうには秋がある。鹿の看板もある。
 国道沿いを歩いていると、いつか国道を端から端まで歩いてみたいと思う。まずは1号線。鉄道も興味深いし、旧街道も興味深いけど、国道も興味深い。すべて道だ。道教が好きなものの宿命なのか。関係ないか。とにかく道には惹かれてしまう。車には轢かれないようにしたい。

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 そして国道には黄金の秋がある。思わず、月の繭と限りなき旅路を歌いながら道をゆく。少し肌寒い風、よく晴れた青空。色づいた木々。しかしそれは束の間の安息。やがて厳しい冬を迎える。その前のわずかな期間、世界で一番素晴らしい季節。

 黄金の秋というのは、金に揺れる稲穂や麦穂の収穫の季節のイメージがある。だからもう少し早い時期を表す言葉に聞こえる。そんなことはどうでもよいのだ。

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 ハッピードリンクショップもある! わーい。
 ショップとはいったい、となるかもしれないが、ハッピードリンクショップというのは自販機のことである。全国各地の道路脇に実は結構ある。ドライブやウォーキングの際に、利用してネということだ。それにしても、日本ではこんな山の中の国道沿いにも自動販売機はある。すごいことだ。アラスカではそうはいかないだろう。

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 かつてコンビニだったもの。

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 むうちん漬、気になる。(ここで買えるそう。売り切れているけど。入荷したら買おうかな)

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 今度は橋だ。橋の向こうには秋が広がっている。もしこの橋がなかったら、人々は、谷を下り、また登らないといけない。文明のおかげで、数十分の一の時間で向こうへ渡ることができるようになった。ありがとう。
 それにしてもひたすら道である。分岐もないからなかなかどこにもたどり着かない。けっこう歩いた気がしても意外とそんなに歩いていなかったりして、時の流れの遅さを知る。
 そうやってまた少し不安な気持ちになる。高揚している反面、たどり着けるのだろうか、こんなことしなければよかったなどという思いも現れ始める。旅は心の修行なのだろう。家でゲームしてたって構わないけれど、やはり遠くへ行きたい。またどこかで僕は歩くだろう。

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 やがて道に廃墟が見えるだろう。気取った外観と横文字。1982とあるが、1982年からあるのだろうか。そして忘れ去られてそのまま。廃墟好きは、廃墟と出会った瞬間、興奮を抑えられない。この先にこのような建物が続々出てくると思うとワクワクが止まらない。

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 今度はこんな道が現れた。どう見ても使用されていない。封鎖している彼も錆びているし。いつから使われていないのだろうか。

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 でも自転車通行可って書いてあるんだよね。この側道のことを指しているのか定かではないが。ストリートビューでも確認できる。

 でも2012年の画像なら、通行止めになっていない。(ストリートビューにこんな機能があったとは知らなかった)

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 この道の先には、筑波大学附属小学校の若桐寮というのがある。予め利用するとわかっているときに通行止めを解除するのだろうか。ていうか小学校が持っている寮ってなんだ。ここで合宿とかするみたいだけど何だその文化。住んでいる世界が違う。よくわからん。金持ちたちのニオイがする。まあ、高原はだいたいそうか。軽井沢もそうだった。みんな避暑地に別荘とか持っていたりする。そんなことに全然興味がないけれど、別荘ほしいなんていう感情がみなさんあるのだろうか。どうでもいいか。

かつてのおもかげ

 気を取り直して清里駅へ歩を進める。

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 なぜ。

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 しかもこんな道。

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 途中にまたつくばだ。

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 道を抜けた先、若桐寮の本格的入り口みたいなのが現れた。もう何も言うまい。
 このあたりで少しトイレに行きたくなってきた。もう少しで駅。また道を進む。謎の立体交差の道も攻略して県道11号につく。

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 清里[閉館]術館を横目に。

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 清里北澤美術館は、2012年に閉館したらしい。そしてそのまま建物が放置されているのが物悲しい。看板も[閉館]って貼るんじゃなくて撤去しろよ。忘れ去られた土地って感じでよい。良い雰囲気が高まってきた。誰も跡地を利用しようともしない。見向きもされない。見放されて、数百年後に遺跡となる。そんなことはなくても、いつまで放置されるのだろうか。未来ではまた再開発とかされることもあるのだろうか。

 そして、

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 おおおおー。

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 有名なやつだ。

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 いいぞ。

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 だっっれもいない。建物はいっぱいあるのに。
 営業しているお店も実はいくつかある。ファミリーマートもあった。でもいったい誰が寄るんだ。店員は超ヒマなんじゃなかろうか。時間帯とか季節によっては忙しくもなるのだろうか。とりあえず僕は公衆トイレに行った。

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 この案内、何一つ信用できない。清里北澤美術館、閉館してたじゃん。しかもそっちの方角じゃなかった。

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 横の建物は当然、売物件。誰が買うんだ。

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 自家製ジェラート。かつて、昭和の清里ブームのころはさぞ繁盛したことだろう。それも今は昔。こういうところで、さっきのストリートビューみたく、過去の写真が見られたら素敵だと思う。数十年後にはそうなっているかな。今栄えているどこかが、やがて寂れてかつての賑わいをネットで見ることができる。それは楽しみではある。でも、今後は局地的にこうして栄えたりブームになる場所なんてないんじゃないかという気もする。少子化で。景気が明るいわけでもない。みんなオンラインゲームに居場所を見つけたりするから。清里の廃墟群は貴重な遺産になるかもしれない。

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 バスも見たところ朝の1本しかない。
 調べたら、帰りも18時58分着の1本だけ。終点だから時刻表には書いていないのだろう。それにしてもひどい。せめて2本ぐらいはほしい。そんなに利用する人が少ないのか。それならいらないレベル。たった一人の高校生の利用者のためだけに運営されている北海道の駅みたいだ。その人が高校を卒業をしてしまったら、営業利用は廃止になる。このバスもそういう運命なのか……。
 想像以上の現場に僕は圧倒されっぱなしだった。
 駅前のからくり時計も15時に動くって書いてあったのに動かなかった。

 まるでこの町を象徴するかのように。からくりの壊れてしまったおもちゃ。昭和の人々が勝手にやってきて飽きたらそのまま放置されてしまう。がわ(外見)はあるのに中身はない。時計の向かいのEight Marketでソフトクリームを買って食べた。白桃ミックス。お店のお姉さんもヒマそうだった。せっかく来たんだから1円でもお金を落としていこうと思った。こんな季節の夕方にソフトクリームなんて寒い。日没までまだ時間はあるにしても風は冷たさを含み始めている。

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 駅の待合室はけっこう広く、列車を待つのに一休みができる。しかもICカードが使える。どれほどの需要があるのかわからない。小海線内はほとんどICカード使えないのだから。南に行って中央線に乗り換える人のために存在する。もちろん僕は利用する。きっぷを残すのも旅の醍醐味だけれど、きっぷいっぱい手元にあるし、重要な移動のきっぷじゃないと残さない。初日の大前行き、みたいなのとか。
 待合室で待っていると、けっこう人が集まってきた。登山者だ。なるほど。やはり高原。小海線、どこに行っても山登らーたちが多い。
 町に賑わいがないからすごく静かで物悲しい半日だった。余計に疲れを感じた。一人で俺はこんなところで何をしているのだ。

1541 清里駅    → (小海線) →1603 小淵沢駅

再び信州の夜

1625 小淵沢駅   → (中央東線)→1652 上諏訪駅

 小海線を乗り終えて、小淵沢駅から中央東線に乗り換えて西へ。また、県境を超えて長野県。山梨県は短い滞在だった。
 そして上諏訪駅。ホームに足湯があることで有名な駅だ。

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 何を言っているんだあんた。

 疲れていた僕はとりあえずホテルにチェックインする。
 でもなかなか駅の反対側に行けない。駅の近くのはずなのにたどり着かない。南に少し歩いて踏切を渡って、駅の反対側に。今度は北に歩いて17時過ぎにたどり着く。ていうか途中に見えたあれは連絡通路では……。とにかくホテルにチェックイン。疲れたけど後ひと踏ん張り。
 そう、夜景を見たいのだ。諏訪湖と取り巻く町の。
 支度をして、出かける。そして案の定連絡通路だったところを通って、立石公園へ。グーグルマップでルートを調べてもらったらわかると思うが、道路とは違うところを歩かされる。最短ルートを表示してくれるのはいいんだけど、それ、合っているの? 不安である。そして実際に行ってみる。階段である。グーグルマップのこの、点線のところは、階段なんだね。これは、一昨年、長崎で夜景を見に行ったときにも経験した。なんで高台にある夜景スポットには階段で行くことを推奨するのだグーグルマップさん。確かに近道かもしれないけど。本来車で行くことを想定されているだろうから車道しか基本的に整備されていない。そして階段は、民家の間を縫うように存在している。これ私有地じゃないの? 大丈夫なの? という気がしてくる。まあ、一応家と家の間だから公共の道なのかもしれないけれど。しかも、超暗い。民家の明かりは多少はあるけど。多少しかない。こんなところに住んだら買い物に行くの大変だろうと思うが、人は住んでいる。明かりが少なくても。そして寒い。うおおお、と駆け足になる。ところで、ライト持ってきていてよかったね。ライトがなかったらやばかった。最後の階段を登ってから、車道を歩くわけだけれど、全く街灯がない。なんで? 暗すぎる。基本的に車しか通らないかもしれないけど、夜景スポットなんだから、そこに行くまでの案内板とか明かりとかあってもいいと思う。いっぱい観光客が来られても迷惑だからか。そんな事を適当に考えながら到着する。途中から、街の明かりが見えて、わくわくした。え、きれい。すごいすごい。暗く寒い道を来た甲斐があった。こんな暗いとこやめとこ、と諦めた人は後悔するがいい。感動が待っているのだ。

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 この下の広場から撮るのがたぶん一番いいのだろう。それにしても、諏訪湖を取り囲むように街がある。何かが召喚されそう。ていうか結構栄えてるな(失礼)。夜景を撮影するときは本当は三脚がほしい。圧倒的に三脚が必要。しかし旅するのに基本的に三脚は持っていかない。重いから。使うかもわからないのに持っていっても疲れるだけだから。でも、やっぱり夜景には必要だよ。疲れているのもあって、全然いい写真が撮れなかったけど、きれいな景色だったことは覚えている。それがなにより大切なんじゃないかな。
 当然、帰りも同じルートで真っ暗である。この辺になるともう写真撮る元気もない。なので階段も暗い道の写真もない。自分の目で確かめよう。

 晩ごはんをどこで食べようか、探したけれど、どこで食べたらいいか全然わからなかった。なので、ホテルに行く途中で見たお店でいいかと思った。

 ここである。また蕎麦か? 残念ながら違う。

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 味噌天丼(990円)、野沢菜(440円)、諏訪浪漫ビールしらかば(715円)。
 味噌天丼が名物らしいのでそれにした。そして信州といえば野沢菜。それから地ビール、これが旅の醍醐味よ。
 この日はとても混んでいて、僕がお店に入ったら二組が待っていた。そして15分ぐらい経って案内された。注文してから20分ぐらい経ってから料理が来た。どんだけ混んでいるんだ、という感じだし、店員が2人ぐらいしかいないっぽいからしかたないね。ごめんね忙しいときに来店して。でもおいしかったよ。大満足の夕食だった。
 あとは帰って寝るだけ。明日に備えて。

ルート

(5日目に続く)

もっと本が読みたい。