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【掌編小説】弱い貰い物と、とある贈り物

 梅雨の霧雨に傘もなく身体でうたれる。まだ昼の三時くらいなのにどこか薄暗かった。
 マリッジブルーの彼女から貰いマリッジブルーをした僕は、彼女を幸せにして貰いハッピーをする為に百貨店に向かっていた。
 土曜日の情報系テレビ番組はうっかりしてると天気予報を見逃すから僕は今しっとりと濡れていた。じわりじわりと湿ったシャツがやがてびちょびょになり、百貨店に入るのに適さない格好になった。
 ジューンブライドは幸せな話。マリッジブルーというのは自由を手放す為の心の準備だ。式はまだ少し先だけど準備は整ってきている。あとは気持ちだけ。テレビを二人で観ているときにいつだって感じる寝る前のような安心感は本物なのだから、決して手放していいものではない。あとは式の準備を進めている癖に、何故かお互いに渋っていた婚姻届を出すだけだ。
 酒癖が悪いからといって彼女と付き合い始めて辞めたお酒をコンビニで買った。瓶のタイプの無駄に格好を付けたような気取ったやつだ。僕だってたまには気取りたい。映画みたいに霧雨に打たれてしみじみと飲んだ。コンビニをハシゴして何本も何本も飲んでやった。
 気が付くと部屋の布団にパンツ一丁になって眠っていた。百貨店に行った気もするが、記憶にない。何かを抱えている。ビニール袋から透けて見える。ブランドの紙袋が更にビニール袋で覆われたものを抱えていた。部屋に電気は着いていて、外はもう暗くてなっているのは分かった。
 そこにガチャリと彼女が帰ってきた。最悪だ。マリッジブルーに陥っている彼女は案の定ヒストリーを起こし、僕を罵った。まぁ、当たり前か。今僕自身この現状がわかっていなかったし、更にはかなり酒臭かった。
 彼女は僕からビニール袋に入った紙袋を取り上げた。
 紙袋の中には沢山の口紅が入っていた。おそらく予算オーバーしていて、酔っ払っている僕の胃は更にキリキリと痛んだ。
 その筈なのに彼女は笑った。
 手紙が入っていたそうだ。
「旦那様は奥様と、また何度も何度も熱いキスがしたいそうです。酔っ払ってはいましたが、心底奥様を愛してらっしゃるのですね。だってさ、あんた本物のバカなんじゃないの?」
 どこかここのところ寂しくて渇いていた心が潤った気がした。霧雨で濡れた訳じゃない。梅雨の力なんかじゃない。臭いけど、愛の力だと思った。
 でもそんないいところでダサ過ぎる僕は、紙袋を彼女から奪い取って今日飲み込んだもの全てを吐き出した。
「あんたの弱いの今日は全部あたしが貰ってあげる」
 彼女はまた僕から紙袋を取り上げると、今度は僕からマリッジブルーを取り上げた。
「おじいちゃんおばあちゃんになってもキスしよ」
 僕は取り繕ってカッコ付けた。
「その気持ち忘れんなよ」
 梅雨に溢れた愛情が心のダムを決壊させて二人を愛で飲み込んだ。
 目覚めると寝る前のような安心感の元、二人で婚姻届に判子を押した。
 お互いに弱いのを貰い合って、

 お互いに愛を与えあって。

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