研究者の正義感【人類学者の日常】
先日インターネット上の掲示板で,ある研究者の論文盗用について,気になる(※1)やり取りを見つけた.
「コピペがなぜいけないのか.手間を省いただけだ」
「卒業論文だってコピペだらけじゃないか」
「コピペは少しならいい,全部コピペだからいけなかったんだ」
という意見のやり取りである.
他社の著作物を「コピペ」するのは是か非か,というのが論点だ.研究論文に「コピペ」は許されない.「コピペ」は「盗用」になってしまう.他者の意見や,他者の実験手法を記載したい時は「引用」として,著者名や論文名など,元の著作物の情報を記さなければならない.そうすれば,読者が元の著作物を探して読むことが出来る.新しい知見を積み重ねていくのが科学という営みである以上,自分の考えや自分が行ったことと,他人の考えや他人が行ったことを区別するのが重要なのである.
研究者の行動規範は,他にもたくさんある.
たとえば,野生の動物を観察する場合は,人間の研究活動によってその動物の生態に影響を与えるのを,なるべく避けるようにするべきであり,あるがままの姿を観察するのが理想的だとされている.
さて,それを踏まえて,聞いていただけるだろうか.
ある研究者からこんな話を聞いたことがある.
観察か,介入か
その人はアフリカでチンパンジーを研究していた.現地のガイドとその人とで,アフリカの森林に分け入って,チンパンジーの行動を観察していた.
ご存知かもしれないが,チンパンジーは,「子殺し」という行動をすることがある.アカンボウを,オスが寄ってたかって殺してしまうのである.アカンボウを食べてしまうこともある(これを見つけたのは「ゴリラ考」でも言及しているジェーン・グドール ※2であり,この発見は学界のみならず社会にも激しいショックを与えた ※3).
さて.アフリカにて.ある時その人の目の前で,可愛らしい無力なアカンボウが,5,6頭のオトナのオスのチンパンジーになぶられていた.なんという事か,そばではアカンボウの母親が,キイ,キイと痛々しい悲鳴を上げている.
さあ,どうしよう.諸君だったらどうするだろうか.
こういった場合,少なくとも筆者が聞いていた「研究者の取るべき行動」は,自分の感情を押さえ,冷静に研究対象を観察することであった.
しかしこの人はそうしなかった.そばにあったサトウキビの枝を,躊躇なくもぎとると,無我夢中でオトナのチンパンジーたちに殴り掛かったのだ.オトナのオスのチンパンジーの体重は50キロくらいである.人間と大差ない.しかも,筋肉隆々な上,言葉も法律も仁義も通用せず,興奮して怒り狂っているのが,5頭も6頭もいるのである.返り討ちにあったら,極めて危険である.殺されてしまう可能性だってある(参考動画: チンパンジーの闘争,過去記事 おともだちパンチ).だがこの研究者はそんなことにもお構いなしに,チンパンジーたちを打ち続けた.この介入によって,この時はチンパンジーはちりぢりに逃げていった.
筆者はこの話を聞いて,何と型破りなことをする人だろうと随分驚いてしまったのだが,さて,諸君はどうお考えだろうか.この研究者は,チンパンジー社会のしきたりを尊重し,人間の価値観を押し付けずに冷静な観察者に徹するべきだったのだろうか.それとも,チンパンジーのアカンボウの命を重んじ,このアカンボウと泣き叫ぶ母親を救おうとする行為は尊いことだったのだろうか?
様々な立場から,様々な意見があろうかと思う.ぜひ,考えてみてほしい.
ところでこのオスのチンパンジーたち,一旦は解散したものの,一週間ほど後になってこの時のアカンボウの無惨な死体が発見されたということだ.
(James)
※1 過去記事: 気になっちゃう… いろいろなものが "気になって" しまうのはもはやヒトのサガか.
※2 Goodall J., 1977. Infant killing and cannibalism in free-living chimpanzees. Folia Primatol., 28(4):259–282. (DOI:10.1159/000155817).
※3 サラ・ハーディ著,塩原 通緒訳,2005,マザー・ネイチャー(上・下巻),早川書房(ぬかづき氏推薦)