ゴリラ考【人類学者の日常】
ゴリラ,と呼ばれて喜ぶ人はあるだろうか。気分を害する者の方が多いのではないか。
筆者がゴリラを見た記憶として印象深く残っているのは,小学生のころに校外学習かなにかで動物園を訪れた時である。そのときは一面の強化ガラスの向こうに,大きなオスのゴリラが一頭,のしのしと歩き回っていた。かれは我々子供たちに囃し立てられ,しばらく怪訝そうにしていたが,ついに拳を作ってガラスを叩いたのである。大きな音が響き渡った。子供たちはそれを見てまた大騒ぎをしたが,筆者の胸中には気の毒さのような思いが渦巻いていたのを,ほのかに苦い記憶として覚えている。今にして思えば,その気の毒さは,かれに不愉快な思いをさせたであろう点と,加えてかれの怒りさえもが滑稽なものとして扱われている点においてであった。
いつだったか,tiancun氏およびその同僚と雑談をしていた時,罵り文句が場を熱くさせた。と言っても我々が罵り合ったわけではなく,罵るときにいかなる語がつかわれるか,という話題に花が咲いたのである。「罵倒語一覧」なるものを眺めながら,我々はその趣向と多彩さに舌を巻いたわけだが,とりわけ動物になぞらえた罵倒語は多い。トリ頭だの,タヌキ親爺だの,虫けらだのメギツネだの負け犬だのと,枚挙にいとまがない。一般的に,人は動物になぞらえられると,あまりいい気がしないようである。
霊長類について考えてみると,「サル」という形容は一般に思慮が浅い者に対して使われるような印象がある。だが霊長類の中でもゴリラは随分不遇なのではないか。実際のゴリラは温厚な植物食の動物で,知能が高く,社会をなしてくらしている。しかし,ゴリラがこうした性質をもつとはいえ,たとえば意中の女性に対して「君はゴリラのようだ」と言える諸氏はあるだろうか。他人をゴリラと呼ぶことがあるとするならば,そこには「図体が大きく,粗野な,そしてそれ故にいくばくか滑稽な」といったイメージが含まれているように思う。ゴリラからしたら随分身勝手な思い込みだし,余計なお世話というところだろう。そんなイメージを払拭するためにか,ゴリラ研究者によって書かれた,子供向けのゴリラ絵本もある(※1)。
リーキーズ・エンジェル
しかし,往々にして粗野で滑稽なモチーフとして使われるゴリラたちが女性に不人気なのかというと,そんなことはない。少なくとも,霊長類研究者には女性が多いという体感がある。これには歴史的経緯がある。
ときは20世紀半ば。人類学の開祖の一人と言っても過言ではない化石人類学者のルイス・リーキーは,人類の進化の歴史を解き明かすためには,古い人骨の形態を研究するだけではなく,いま生きている類人猿たちの生きざまをよく調べてヒトのそれと比較することが大事だと考えた。そして,ダイアン・フォッシー,ジェーン・グドール,ビルーテ・ガルディカスという三人の女性にそれぞれゴリラ,チンパンジー,オランウータンの生態を研究するよう命じた。俗にリーキーズ・エンジェルと呼ばれる三人の女性霊長類学者の誕生である(※2)。エンジェルたちはいずれも目覚ましい研究成果を上げた。彼女たちが霊長類学の世界に与えた影響は大きく,それから数十年たった現在,筆者は,彼女らに憧れて霊長類学を志したという日本の若い女子学生に会ったことがある。また,とあるゴリラ研究者の女性は,ゴリラたちが愛おしくて仕方ないといった風であった。彼女らは今日も誇りと愛情を持ってゴリラの研究をつづけていることだろう。
※ シリーズ【人類学者の日常】は,人類学の研究内容を紹介するだけではなく,奇人が多いとされる人類学者の日常の振る舞いや常日頃の雑感,人類学分野の奇妙な風習などを書き残しておこうと思い,始めたものである。
(執筆者:James)
※1 新日本動物植物えほん おはよう ちびっこゴリラ:山極 寿一【文】/伏原 納知子【絵】 新日本出版社(1988/02発売)
ゴリラとあそんだよ 文: やまぎわ じゅいち 絵: あべ 弘士 出版社: 福音館書店 2011年
※2 ナショナルジオグラフィック “類人猿ガールズ”誕生秘話 http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20121204/332837/
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