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Drive me Higher 03:どこかへ

しんちゃんは、結局、私をどこにも連れて行ってくれなかった。

仕事からも社会からも離れて、遠くへ行けると思ってた。

ガラスの靴をはいて、ありもしない階段を登ってた。


それにしても、どこへ行こう……。

家を飛び出してはみたものの、行くあても目的もない。

バイブのしんちゃんは、私をどこかへ誘ってくれるのだろうか?

カバンの上からその輪郭を確かめる。


「型」にはまったオトコの象徴。

結局、家庭という「セカイ」に戻ったしんちゃんそのものだ。


まずは、空港だな……。


私はタクシーを止め、ドライバーに言った。

「羽田空港まで」

ちょっと高いけど、当日券を買って、気が向いたところへ高飛びしよう。

まだ5時だし、どこに行くにも間に合うはずだ。


北海道か……いやこの格好ではたぶん寒い。

じゃ沖縄? 石垣より、宮古がいいな……。

そう考えていて、ふと気づいた。

荷物検査のことを……。


私のカバンには、しんちゃんが入っている。

モニターに映った男性器の形のX線画像。


これは、ダメだ。作戦変更。


「すみません。忘れ物したので、ここで降ります」

「え、ここで? 家まで戻ります?」

「いえ、ここで大丈夫です」

「そうですか。すいませんね、じゃ740円です」


タクシーを降りると、目の前は世田谷公園だった。

茜色のヴェールが、スケボー男子たちを包んでいる。

少し夜の混じった風がひんやりと心地いい。


スケボーパークのベンチに腰を下ろし、しばし彼らを眺める。

ひとり明らかに上手な子がいる。

ボードをくるくる回しながらジャンプする姿に思わず見とれたしまう。


18歳くらいか……。

目が細くて、鼻筋が通った、キレイな顔。長い手足。


目が合ったような気がした。

いや、明らかにこっちを見ている。

まさか、ナンパ待ちの女と思われたか……。

いっそ、それも面白いか。


スケボー男子が近づいてくる。

どうするすっぴんの私。


「あの、今時間あります?」

「……え? 私に聞いてる?」

「うん、今時間ある?」

「急いではいないけど……」

「よかったら、ボクのオナニー見てもらえませんか?」

「…はぁ??」

「いや、なんかすごいセクシーだなと思って」

「私が? どういうこと?」

「いや、ボクの趣味なんです。年上のキレイな人にオナニー見てもらうの」

「ごめん、今はいいや」

「じゃいつならいい?」

「いや、そうじゃなくて、けっこうです」

「逃がさないよ」

「ちょっ、やめてよ……」


スケボー男子と目が合う。

奥二重の黒目がちな瞳。

よく見ると、なかなかいいカラダをしてる。

ラフに着たTシャツの上からでもわかる厚い胸板とたくましい上腕二頭筋。


どうせ誰も知らないし、見てもいない。

汗が光る彼のほほはすべすべとやわらかそうだった。


薄い肌……時間がゆがむ。

いっそ、このスケボー男子に旅の行き先を託してみようか…。


「ねぇ、見てもいいよ。どこで?」

「マジで? じゃ、うちに行こう。ここからすぐだから」

「え、家に行くの?」

「大丈夫だよ、今誰もいないから」

「誰もいないって……いつもこういうことしてるんでしょ?」

「まさか、おねえさんがキレイだったから」

「うまいこと言って……ねぇいくつなの?」

「19歳。ねえさんは?」

「女性に年齢聞くもんじゃないでしょ」

「確かに」

「オレ、ジョージ」

「あ、えっと、アカリ」

「アカリさん……うわ、いい名前」

「誰にでもそう言ってるんでしょ?」

「そんなことないよ。あ、家こっち」


連れて行かれたのは、世田谷公園から3分ほど歩いた場所にある

いかにも高そうな一戸建ての豪邸だった。


表札には小さく「金村」と書いてある。

「誰もいないから、遠慮なく上がって」

「大きいおうちなのね」

「おやじがパチンコ屋経営してるんだ」

「そうなんだ。儲かるのね」

「よくわかんない。おやじはぜんぜん家に帰って来ないし、母親は家を出ちゃった」

「たいへんなのね」

「そうでもないよ」

「大学生なの?」

「一応ね」


案内されたジョージの部屋は、予想に反して、シンプルだった。

センスのいい無垢材のテーブルとベッドが置かれているだけ。


ロックバンドのポスターもヒップホップのレコードもない。

セクシーアイドルのポスターも美少女フィギュアもない。

のっぺらぼうの部屋。


BOSEのCDプレーヤーから静かに流れるのは、バッハの「G線上のアリア」。

クラシックの名曲オムニバスかなんかだろう。


ここで今からこの美しい少年のマスターベーションを見る。

実はヘンタイで、殺されてしまうのかもしれない。

私は、カバンの上からしんちゃんに手をあて、目を閉じた。


どこかへ……。


(つづく)

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