鋼鉄の乙女

恒例の? 某SF創作大賞にリアル過ぎて落とされたと思われる作品^_^;

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 古き良き日本の伝統文化をリスペクトし今風に甦らせてくれた、「ニンジャスレイヤー」著者ブラッドレー・ボンドとフィリップ・ニンジャ・モーゼズとAI自走バイク「アイアンオトメ」、そして不法なる侵略者と勇敢に戦う美しく強きウクライナ女性たちに、このショートショートを捧ぐ。。。

 そこは戦場だった。AI搭載のドローン、あるいはAI自立制御や遠隔操作の戦車が当たり前になっても、それでも戦場には人間もまた戦っていた。人間にしかできない、人間が介在しなければならないことは、やはりあるのだ。AI自律ロボット兵器も補給や修理は必要だ。そもそもそれらを使うのは人間だ。そこに人が居れば、それを移動させ護る人も必要になる。そして時に市街地、時に荒野の陣取り合戦において、高速で、荒野も踏破でき、敵を蹴散らす攻撃力と敵の攻撃を防ぐ装甲と、つまりは万能性のある個人用兵器が求められた。その答えは、装甲攻撃バイクであった。

 一進一退の続く荒野。戦車が撃ち合い、ドローンが飛び交う。ときにドローンからは爆弾が投下され、土煙をまとった火の玉が炸裂する。ここは首都への要衝。主要道路は破壊あるいは封鎖されているが、この荒野を横列で突破できればむしろ首都の包囲が容易になる。攻守双方とも必死になるところであった。膠着状態は数日にわたり、双方はジリジリと損耗していた。

 その頃。50Km足らずの町の倉庫内に。迷彩塗装された一群の異形の物体が整列していた。バイクである。カウルがコクピット以外の全体を覆い一種の甲虫のよう。二輪に見えるが、後輪はとある機構により三輪車のように左右に分離し、自立している。そして、一団の迷彩服の兵士たち。見れば女性も半数近く居る。後から現れた一人が短い訓示と、一言発した。
「出撃!」
 一団は素早い動きでカウルに下半分を覆われたコクピットに飛び乗り、倉庫内はあっという間に爆音いや、やや甲高い金属音に満ちた。そう、ハイブリッド駆動なのだ。扉が開くと、既に夕闇が夜に変わりつつあった。静かに滑るように、装甲バイクは何台かごとに、ところどころ瓦礫の残る街を、郊外に向けて走り去っていった。

 その日バイクは、街を出るとエンジン走行に切り替え、夜半近くまで街道を進んでから、荒野に入った。十分町から離れた林の中で、彼らは火を使わず簡単な食事を取り、数時間の仮眠をとった。そして、まだ暗いうちに、再び出発した。

 荒野を進む装甲バイクの一群。すでに4台を戦闘単位として、散り散りに散開している。太陽が昇り始めた。
「いい景色ね。これから戦場に行くなんて思えない!」
 キャノピーを解放したコクピットで、イリーナは思わずつぶやいた。地平線が茜色に、そしてオレンジ色へと染まっていく。彼方にはもうすぐ実りを迎えようとしている広大な小麦畑が風にそよぎ、海のように広がっている。

「攻撃開始ポイントマデ10Km、15分ホドデス」AIがしゃべった。
「了解。よろしくね」
「ハイヨロコンデー」
 イリーナはあるチェーンの居酒屋で日本語を覚えた。店員のいつもの言葉が気に入って、ことあるごとに口に出していたら、AIもそれを覚え込んでしまった。バイクの制御と戦闘支援が本来の機能ではあるが、簡単な会話や疑似人格も設定されている。単独任務もあり得るため、パイロットのメンタルの支援も想定してのことである。

 ディスプレイには地図と、彼我の位置が表示されている。首都に向けて進軍し自軍と対峙している敵軍団に対し、自軍にすら姿を見せずに両側面から回り込み、散在する林や丘を利用してヒット・アンド・アウェイを繰り返し敵軍を混乱させつつ、弾薬や補給物資、人員輸送車など戦闘継続に必要なリソースを破壊する。可能であれば各バイクに二発装備されている対戦車ミサイルで主力の撃破も狙うが、あくまでもオプションとされていた。主目的は、敵の継戦能力を損耗させ、自軍の遠距離砲撃前に離脱する。高速かく乱ゲリラ戦である。

 この時間、いかに軍隊とはいえ休息や補給も必要、両軍ともつかの間の休息時間のはずだった。その食事時を狙う。奇襲である。両軍ともバイク部隊は存在するが、基本的には偵察と砲撃の支援のためである。イリーナたちのような、武装し装甲された「戦闘兵器」の存在は知られていなかった。新兵器なのだ。

 すでに無線封鎖している。隊長がハンドサインと発光信号を出した。目標は近い。エンジン音で悟られないよう、各バイクはモーター駆動に切り替えた。風や植物のそよぐ音で、その音はほとんどかき消された。そして、林のほとりの低木が散在するあたりに、敵軍の野営が見えてきた。いくつかのテントが見える。炊事しているか、食事が始まった頃合いのはずだ。

 4台の装甲バイクは、そのまま野営地に突入すると、エンジン駆動に切り替えた。突如響き渡るエンジンの轟音! テント前や戦車、戦闘車両で思い思いに簡素な食事を取っていた敵兵たちが、唖然とし、あるいは慌てて走り出す。あっという間につかの間の朝食タイムは阿鼻叫喚と化した。

 昨夜のうちに人工衛星やドローンの赤外線カメラで、野営地の状況は把握していた。4台の装甲バイクは2台ずつのバディに分かれると、ディスプレイに表示される目標を次々に攻撃した。バイクには装甲カウル前面にNATO規格の7.7mm軽機関銃2門と、コクピット後方の装甲カウルに擲弾筒2本が装備されている。ほかに、パイロットが直接投擲できる手榴弾とオートマチックの拳銃。機関銃はいざとなれば取り外して使うこともできる。擲弾筒はAIが制御するから、トリガーを引くだけで投擲され、まず外すことは無い。補給物資や弾薬を積んだトラックが次々に爆発炎上する。わずか5分かそこらであった。

 しかし流石に敵も軍隊、その頃には敵兵の銃撃も始まった。イリーナのバイクに軽いカカカカカ!という衝撃が繰り返す。カウルに敵の軽機関銃が命中しているのだ。しかし! 装甲バイクは軽機関銃、対人攻撃兵器程度であれば十分防御できる設計になっている。着弾あるいは多少の衝突の衝撃も、装甲の懸架にサスペンション・システムが組み込まれ、車体本体とパイロットにはほとんど伝わらない。まさに敵の攻撃など受け流し、自らは攻撃を続けられるのだ。さらに後輪はAI制御で適切に並列に分離されそのアライアンスは瞬時に調整されるため、バランスを崩して転倒することも無い。

「うるさいハエたちが集まってきたわね!」イリーナのバイクがバディと少し離れた瞬間、折悪しく周りに敵兵に取り囲まれる状態になってしまった。四方から弾が浴びせられる! しかし装甲は塗装が剥げる程度。すでにコクピットは防弾キャノピーで覆われている。敵兵がもし視力が良ければ、金髪の美女がパイロットと気づいたかもしれないが、文字通り手出しなどできないのだ!
「まあ、見てなさいよ!」イリーナは大きくハンドルを切ると、10mも無いスペースでバイクを旋回させ、カウルの機銃を乱射した。機銃はAIが仰角を制御しセンサーと連動して発射するので、トリガーを引けばほとんど当たる。一瞬取り囲んだ敵兵はあっという間に全員無力化された。

 そこへ、ようやくエンジン始動して動き出した戦車が、退避しようとしていた。すでに当初予定の目標は8割がた破壊している。離脱予定時間も迫りつつあった。
「これが最後のお土産ね!」
 イリーナはカバーを開けると、対戦車ミサイルの発射ボタンを押した。カウル左側面から、カバーを押し開いてミサイルが発射され、数十メートル先の戦車にあっという間に命中した。爆音と火の玉とともに、何かが飛び上がった! 砲塔内の弾薬が誘爆し、砲塔が引っこ抜けて飛び上がったのだ。敵の戦車の設計構造上の問題、通称「ビックリ箱」である。
 ところが! その飛び上がった砲塔が、なんとイリーナのバイク目掛けて飛んできた!
「勘弁してよ!」
 とっさにハンドルを切り、加速する。ハンドル角度がわずかに修正された。AIのアシストだ。装甲バイクは車列の間をすり抜け、砲塔はすぐ後ろのトラックの荷台を直撃、また爆発した。そこにも弾薬が積まれていたようだ。
「離脱時間デス」
「ハイヨロコンデー!」
 イリーナはトップスピードに加速すると、予定の退路に向かった。敵兵が立ちふさがろうとするが、機銃を打ち込むと身を翻して逃げ出す。横から狙い撃ちしてくる者も居るが、銃弾程度は、、、

 ところが! けたたましいアラートが鳴った! 敵兵が野営地の中にも関わらず、携帯型対戦車ミサイルを発射したのだ!
「ミサイルデス、回避シマス」
 イリーナの返事など待たずに装甲バイクが勝手に急旋回する。バイクではあるがイージーライダーのように背もたれがあり戦闘機のようなシートベルトもあるので、イリーナが振り落とされることは無い。後輪のアライアンスが瞬時に調整され装甲バイクは急旋回するとともに、いくつかの火の玉と金属片を後方に発射した。フレアと一種のチャフである。そして、ミサイルは数秒前装甲バイクが居たところで爆発した! 火炎が装甲バイクとイリーナを包むが、キャノピーは閉まっているし装甲があるから、何ともない。

 そしてイリーナと装甲バイクは、火炎に紛れるようにして全速で荒野に離脱した。このまま、それぞれ散開しながら退却し、敵の追撃を振り切ってから、とある会合地点に集結する予定なのだ。無線封鎖しているし、バディともはぐれてしまったから、味方の状況は不明だ。
「ミナサンモゴ無事ダトイイデスネ」
 AIがしゃべった。簡易ではあるが、状況と心理に併せて自発的会話も可能なのだ。一人ぼっちになってしまったパイロット、イリーナにとって、それが機械と知っていても、「話せる」ことは気を紛らわせ救いだった。
「そうね。このまま全速でまずは逃げるわよ!」
 イリーナは少し進路を変え、林の方向に向かった。後ろから銃声が散発的に聞こえるが、追ってくる様子はない。時々聞こえる弾薬の誘爆する爆音と爆炎に、無事な者や兵器を退避させるだけで精一杯なのだ。そういう計算での作戦だった。そして、空を切る音とともに野営地で轟音とともに爆炎がいくつも上がり始めた。予定通り、味方の長距離砲撃が始まったのだ。

 そして装甲バイクは無事に林に入り姿を隠すと、減速した。林を利用し、進路を変えて会合地点に向かうのだ。
 数時間で林を抜けると、再び荒野と、彼方に麦畑が広がっていた。すでに敵の勢力圏内は抜けており、味方の勢力圏内だ。荒野なのであまりスピードは出せないが、経済速度でイリーナと装甲バイクは会合地点に向かった。そして、自軍の旗が彼方に見えてきた!

「会合地点ね! もう補給のため味方が来ているわね!」
 ちょっとイリーナは気分が楽になった。安堵した。そして、舗装された道路が見えた。ちょうど旗に向かっている。
「ちょっと楽しても、いいわよね? あの道に乗るわよ! 燃料もギリギリみたいだし。あ゛、認識IFFを出して頂戴」
「ハイヨロコンデー」
 イリーナは小さな軍旗をカウルに掲げると、自動運転に切り替えた。味方の支配圏内だし舗装された道路だから、AIに任せても安心だ。もし路面が敵の攻撃で破損していても、その程度AIはちゃんと避けてくれる。イリーナは熟睡しないようにしながらも、シートにもたれてうつらうつらし始めた。

 その時だ。道の先の遠くで誰かが大きく手を振っている。だがイリーナはうとうとしていて、気づかなかった。
「友軍ガデムカエテクレテイマス」
 AIも気のせいか嬉しそうにしゃべった。
 経済速度だから速くはないが遅くも無い。みるみる誰かが迫り、自軍の兵士と分かり、そして軽車両が2台、そして、声がかすかに聞こえてきた。
「ダメだー!! 止まれーー!! 今、そこに、地雷を設置したんだーー!!」
 しかし戦闘に疲れたイリーナは、ふと、夢を見ていた。
 AIは、多数のセンサーはあるが「外部の音声解析」機能は無かった。パイロット以外と話す必要は無いし、戦場は爆音騒音に満ちていて解析は無意味、強いて言えば停車休息時に何者かが近づいて来るのが分かれば、それだけで良かった。

 そして、轟く爆音と爆炎とともに、装甲バイクとイリーナは吹き飛ばされ爆発四散、一瞬目覚めたイリーナの意識は、そのまま消えた。何もかもが木っ端みじんになり、パラパラと雨のように大地に降り注いだ。

注、イリーナとはウクライナ語で「平和」という意味、女子の名前でも特に人気だそうです。。。

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