特許から見る人工知能(機械学習・深層学習)・量子コンピュータに関する最新トレンド
2020年10月29日に外国出願支援サービス主催「特許から見る人工知能・量子コンピュータに関する最新トレンド」というセミナーを開催しました。
セミナーを聴講できなかった方もいらっしゃると思うので、本記事ではセミナーで用いたスライドを用いて「特許から見る人工知能・量子コンピュータに関する最新トレンド」のエッセンスについて解説します。
単なる特許出願トレンドの紹介だけではなく、後半ではAIや量子コンピュータ分野を分析する際の考え方・テクニックについても解説していますので、ぜひ最後まで読んでいただければと思います。
・なお、本記事では人工知能やAIという表現が多数登場しますが、本記事では人工知能=機械学習・深層学習を主たる対象として分析していますのでご留意ください。
・前半の人工知能・量子コンピュータの出願トレンドはあっさりとしたマクロ分析となっております。特許以外の情報を含めた総合的な分析ではありませんのでご了承ください。
1. 特許から見るAI・量子コンピュータの出願トレンド
人工知能や量子コンピュータを対象とした特許分析レポートには、
・日本特許庁、AI関連発明の出願状況調査
・WIPO(世界知的所有権機構)、WIPO Technology Trends – Artificial Intelligence
・科学技術振興機構 世界特許マップから見た量子技術2.0/CRDS-FY2018-RR-04
などがあります。
他にも、様々なメディアでもAIや量子コンピュータの特許出願状況に関する記事が掲載されていますが、記事に書かれている内容が信頼に足るか否かを確認する方法については次のチャプターで紹介します。
ここでは後で当社にて形成した特許分析の母集団検索式に基づいてヒットした(データベース:Derwent Innovation)
・AI(機械学習・深層学習):77,389ファミリー
・量子コンピュータ:4,199ファミリー
をベースとした分析結果について示していきます。
備考:後述しますが、分析条件・母集団検索式などを明確に示していない記事については注意しましょう。基本的にしっかりとした分析を実施していれば母集団などの分析条件は公開(または公開していなくても問い合わせすれば開示)しています。
まずはAI(機械学習・深層学習)と量子コンピュータの出願トレンドですが、いずれも2010年代に入って急激に増加していることが分かります。
備考にも記載していますが2019-2020年出願分は未確定値ですので、出願が減少傾向にあるわけではありません。
どこの出願が多いのか?優先国(特許の国籍)別で累積ファミリー数を見ると、トップが米国で2位に僅差で中国となっています。日本は3位ではありますが、米国や中国と比べると圧倒的な件数差が開いていることが分かります。
もちろん、AI・量子コンピュータ分野に限りませんが、出願件数が多ければ即それが競争優位であるとは言えません。AI・量子コンピュータでも特許出願せずにノウハウとして秘匿すべき技術も当然あります。
どのような技術を特許出願すべきか(特許として権利化できそうか)、という点については日本特許庁、AI関連技術に関する事例についてを参照いただければと思います。
続いてAI・量子コンピュータ分野における主要企業を出願人・権利者ランキングで確認します。
AIと量子コンピュータを合わせた累積ファミリー数ベースで見るとIBM、マイクロソフト、Googleなど米国企業がトップ3を占めていますが、5位にはアリババ、その他バイドゥや中国科学院(Chinese Academy of Science)など中国企業・研究機関が数多くランクインしており存在感を示しています。なお上位にランクインしている日本企業はNECと富士通の2社のみでした。
AIと量子コンピュータをそれぞれ分けて見てみたのが右側の散布図です。こちらをご覧いただくとD-WAVEやRuban(如般量子科技有限公司)のような量子コンピュータ専業メーカーの出願は、量子コンピュータに限定するとマイクロソフトよりも多いことが分かります。
それにしてもIBMはAI・量子コンピュータの両面で出願数では他を圧倒していることが分かります。
続いてAIと量子コンピュータそれぞれの上位企業の出願推移を見ていきます。
まずはAI分野ですが、いずれの企業も2010年代に入って急激に出願を増加させていることが分かります(AIといっても機械学習・深層学習に限定していることも起因しています。従来型のAIも含めればトレンドは少し変わったものになると思います)。古くから出願を行っているのはIBMやマイクロソフトのほか、日本のソニーも2000年代前半に継続的に出願していたことが分かります。
続いて量子コンピュータ分野です。
こちらはAI分野とは異なり、上位企業であっても直近件数を大幅に伸ばしている企業と件数が減少している企業が分かれています。
IBMは2015年以降に急激に出願が増加しているのに対し、量子コンピュータ専業のD-WAVEは1999年設立当初からコンスタントに出願を行っていることが分かります。
東芝やNTT、日立、科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agency)などは2000年代前半から出願していましたが、特に最近出願が急増している様子は伺えません。比較的早い段階から研究開発を行っていたにもい関わらず、実用化できなかった または 研究開発プロジェクトが中止となってしまったと思われますが、今後の巻き返しに期待したいところです。
続いてAIと量子コンピュータ分野の特許出願から見た有望用途・アプリケーションについて見ていきましょう。
まずAI分野における有望用途・アプリケーションです。
累積ファミリーベースでは通信や医療・ヘルスケア、マーケティングなどへの出願が多いですが、右側の出願ポジショニングマップ(横軸に長期増減率、縦軸に短期増減率)を見ると、急激にAI活用が進んでいるのは農業や自動車・交通、ロジスティクスであることが分かります。
スマート農業や、MaaSへのAI活用を念頭に各社が特許出願していると言えるでしょう。それでは各企業がどのような用途・アプリケーションへ出願しているのか以下のマトリックス表で確認してみます。
上位企業であっても注力している用途・アプリケーションが異なります。トップのIBMは通史に外に医療・ヘルスケアやマーケティング、セキュリティ、人事などへの出願が多いですが、2位のマイクロソフトや通信に次いでオフィスへの出願が多くなっています。
また日本企業に注目して見るとファナックはロボットや工場へのAI活用では出願が突出していることが分かります。スマートファクトリーを念頭においた特許出願を積極的に行っていると言えます。
続いて量子コンピュータ分野における有望用途・アプリケーションです。
通信分野に関する出願が突出していますが、これは量子通信関連の出願です。また通信に次いでセキュリティに関する出願が多いですが、これは量子暗号関連の出願となります。
右側の出願ポジショニングマップを見ると、金融や工場などへの量子コンピュータの用途・アプリケーション出願が増加していることが分かりますが、人工知能分野に比べると用途・アプリケーションについてはほとんど出願がありません。
この傾向は上位企業の用途・アプリケーション別出願状況を見ても分かります。
IBMやD-WAVEなどの量子コンピュータ関連出願が多い企業であっても、用途・アプリケーションへの出願はほとんどありません。
量子コンピュータについてはまだまだ用途・アプリケーション開発の途上であり、キラーアプリケーションの発見が必要だと言われています(参考:量子コンピューターが普及、「キラーアプリ」の発見にかかっている)ので、まだまだ日本企業にもチャンスはあると言えるのではないでしょうか?
2. AI・量子コンピュータ分野における特許分析時の考え方・テクニック
前半ではAI(機械学習・深層学習)と量子コンピュータ分野における出願トレンドを見てきましたが、後半ではAI・量子コンピュータ分野における特許分析時の考え方・テクニックについて解説していきます。
特許分析時の考え方・テクニックとしては以下の3点が重要です。順を追って説明していきます。
まず1点目は「母集団を確認しよう」です。
WIPO(世界知的所有権機構)が2019年1月にリリースした「WIPO Technology Trends – Artificial Intelligence」をベースに、メディアで左側のような出願上位10社に注目が集まりました。
上位10社中、日本企業が6社ランクインしています。
これを見たときに、私は「あれ?」と思いました。確かに日本企業もAIについて取り組んでいますが、Google(表ではアルファベット)などはもっと出願しているんじゃないか?中国のBAT(Baidu、Alibaba、Tencent)も積極的にAIに取り組んでいるのに上位にランクインしていないな?という違和感を感じたからです。
実はAIを分析する際に、分析対象範囲を明確にすることが重要です。設定した分析対象範囲に基づいて分析対象母集団を形成しますが、分析対象範囲によってAIといっても機械学習・深層学習にフォーカスを当てた集合なのか、それともルールベースやファジー推論、エキスパートシステムなどの第3次人工知能ブームの前からあるテクノロジーも含んだ集合なのか変わってきます。
私の方で簡単に検索式を作成して上位のファミリー数を算出してみたのが右側になります。これを見ると日本企業の出願が軒並み減少して、IBM、マイクロソフトに次いでGoogleが3位にランクインします。
繰り返しになりますが、分析対象範囲、分析母集団がどういう素性なのかを確認することが重要になります(ちなみにWIPOの検索式はMethodologyに掲載されているので、ぜひチェックしてみてください。かなり広範にAIを捉えていることが分かります)。
分析対象範囲・分析母集団を確認する際は、以下のようなベン図を使うのが一般的です。
前半の冒頭で紹介した日本特許庁、AI関連発明の出願状況調査にはベン図が掲載されており、AIそのもののコア発明とAI適用発明(用途・アプリケーションなど)を含めていることが分かります。
ちなみに日本特許庁、AI関連発明の出願状況調査には以下のようにAI適用発明(用途・アプリケーションなど)の特許分類一覧が掲載されているので、幅広い分析対象範囲を設定し、分析母集団を形成したいのであれば参考にしていただくと良いでしょう。
ちなみに以下はAIや量子コンピュータそのものの特許分類です。
難しいのはAI・量子コンピュータのような最新テクノロジーの特許分類というのは新設や改定が激しい点が挙げられます。上記表にも廃止された特許分類がいくつか確認できます。
J-PlatPatの特許・実用新案分類照会(PMGS)には廃止された特許分類が収録されていないので、過去の分類定義を確認することはなかなか難しいのですが、やはり過去の特許分類も含めておいた方が、より網羅性が増します。
以下に一例を示します。
こちらは最新の機械学習関連特許分類であるG06N20と、過去の機械学習関連のIPC・FI・CPCで差分を取ってみると、縦棒グラフ(横軸は右側)で見ていただいて分かるように300-500ファミリー/年ぐらいが新しい特許分類G06N20には含まれていません。
今回のような動向分析に限った話ではなく一般論になりますが、侵害防止調査・FTOなどを行う場合は古い特許分類についても十分に検討すると良いでしょう。
続いて2つ目は1つ目に関連していますが、AIなり量子コンピュータなりの技術そのものを調査・分析したいのか?、それとも用途・アプリケーションについて調査・分析したいのか?という点になります。
一般的にはAIや量子コンピュータそのものの技術であれば、AIや量子コンピュータ関連の特許分類が付与されますが、AIや量子コンピュータを利用した発明であればAIや量子コンピュータ関連の特許分類は付与されませんので、キーワードで補足する必要があります。
なお、前半の出願トレンド分析で用いた検索式は以下になります。
データベースはDerwent Innovationを用いていて、特許分類だけではなくキーワード(ALLD:ダウエントの全テキストデータ)を組み合わせて検索式を構築しています。
廃止された特許分類もしっかりと含めましょう、と書いたのですが、こちらの検索式を作成する段階では廃止された特許分類を含めるのを失念してしまいました。。。
また、前半の最後に紹介した有望用途・アプリケーションについては、以下のIPC(国際特許分類)を用いて、用途・アプリケーション別に分類展開しています。
特許分類だけで用途・アプリケーションに展開していますので、網羅性にはいまいち欠けるかもしれない点はご了承ください。
最後に留意していただきたい点は、「ベンチャー・スタートアップの特許出願は必ずしも多くない」です。
こちらはCB Insightsが発表しているAI企業のカオスマップです。特にベンチャー・スタートアップ企業であれば、特許出願が数件であったり、場合によってはゼロ件かもしれません。
特許出願がゼロまたは少なくても、そのベンチャー・スタートアップ企業が有望ではないとは言い切れません。特許分析だけでアプローチしてしまうと、あくまでも特許出願の中からでしか企業が抽出できませんので、特許以外の情報も含めて総合的に分析していただく必要があります。
3. まとめ
以上、AI(機械学習・深層学習)と量子コンピュータ分野においてグローバル特許出願と、分析する際の考え方やテクニックについて紹介してきました。
AIや量子コンピュータに限らず、IoT、AR/VR、ブロックチェーンなど注目を集めているテクノロジーについて、最近インターネット上でも特許出願トレンドなどを紹介する記事が増えてきましたが、ぜひとも母集団を確認する癖をつけていただきたいと思います。
2020年11月26日にはシリーズ第2弾となる外国出願支援サービス主催「特許から見るフードテックに関する最新トレンド」というオンラインセミナーを開催しますので、こちらもおってnoteで公開したいと思います。
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