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【特許から見るM&A】日立金属はどこに買収されるのか?-日本企業編-

事業再編を進めている日立製作所

日立化成(現昭和電工マテリアルズ)昭和電工に売却したのに続き、御三家といわれた日立金属を売却するための1次入札を昨年11月末に実施しました。

また、昨年末には産業革新投資機構(JIC)が日立金属への出資に名乗りを上げたとのニュースも流れました。

日立金属は2013年には日立電線を吸収合併し、素材・材料メーカーとして幅広いラインナップを誇っています。

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1次応札に応じたのはベインなどのファンドでしたが、なぜファンドなのか?という疑問がありました。以下の解説を読んでなるほどと思いましたが、

仮にファンドが買収するとなると、ゆくゆくは事業会社へ売却することが予想されます。その際に日立金属全体をある事業会社Xが買収する可能性もゼロではありませんが、事業分野ごとに切り売りすることもありそうです。

今回は日立金属が最終的にどこに買収されるのか?日立金属の売却先候補について特許出願動向から探っていきたいと思います。

最初に時間のない方向けに以下サマリーです(あくまでも予測ですので、”予想”とか”ではないか?”としました)。

◆日立金属の全技術分野≒事業領域で競合する企業はないため、ゆくゆくは事業領域ごとに分割して、個別の企業に買収されると予想。
◆電線・ケーブル事業は、光ファイバや自動車用コネクタ・ワイヤハーネス事業なども保有する住友電気工業が買収するのではないか?
◆保有技術面で類似しているTDKが磁性材料・金属材料事業部門を買収すると思われるが、金属材料部門は大同特殊鋼、三菱マテリアル、神戸製鋼所、JX金属などが買収する可能性もあると予想。
◆個別製品で見るとスパッタリングターゲットがJX金属、セラミックスハニカム担体が日本ガイシが自社事業および特許ポートフォリオ強化のために買収するオプションもあるのではないか?

あくまでも特許情報を中心に公開情報ベースで分析した場合の推測に過ぎません(なんら関係者からのヒアリング等は行っておりません)。本来であれば事業情報なども加味して分析する必要がありますが、本稿では特許情報からはこのように見えるという分析結果をお示ししたいと思います。

1. 特許分析から日立金属を買収する企業を抽出する際のアプローチ

特許分析から日立金属の売却先候補となる企業を抽出する際に用いるのは引用・被引用特許です。

以下のようにA社が他社の過去出願(先願)を参考にしている場合は引用特許、A社の出願が他社の将来の出願(後願)に参照されている場合は被引用特許と呼びます。

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上記チャートにあるようにA社の引用特許はA社が参考にしている特許で、被引用特許はA社の特許が参考されている特許になります。

この引用特許・被引用特許を見ることで、特許出願面から見た日立金属の競合企業を特定することができます。

2. 日本企業が日立金属を買収するとしたら・・・

まずは日本企業が日立金属の売却先であるとしたらどの企業か?について日本特許について分析していきたいと思います。

分析条件等については末尾の補足に記載していますので、興味がある方はご参照ください。

まずは日立金属の引用特許・被引用特許を企業ランキング(出願人・権利者ランキング)と件数推移を示します。この件数推移は各企業の出願件数推移ではなく、あくまでも日立金属の引用特許・被引用特許の件数推移になりますのでご注意ください。

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住友電気工業、TDK、古河電気工業が上位で2005年以降も継続的に引用特許・被引用特許として登場している、つまり特許出願面から見て日立金属の競合企業であることが分かります。

次に、縦軸に企業名(出願人・権利者)、横軸に技術分野を示す特許分類(国際特許分類IPCの先頭4桁であるサブクラス)のマトリックスで表示すると以下のようになります。

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マトリックスを見てお分かりいただけるのは、全ての技術分野で日立金属と競合しそうな企業はなく、それぞれの技術分野≒事業領域ごとに日立金属を買収しそうな会社があることです。

以下、このマトリックスをベースに主要な技術分野≒事業領域ごとに日立金属を買収する可能性のある企業について考えていきます。

3. 電線・ケーブル事業

まず引用・被引用特許でトップの住友電気工業が目立つのが、旧日立電線の事業領域であるH01B(ケーブル;導体;絶縁体;導電性,絶縁性または誘導性特性に対する材料の選択)です。住友電気工業のほかに、古河電気工業やフジクラの引用・被引用特許が集中していることが分かります。

日立金属の電線に関する製品情報ウェブサイトを見ると、

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一口に電線といっても光配線・光ファイバ関連も含まれていることが分かります。

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光ファイバ関連はG02B(光学要素,光学系,または光学装置)になるので、

より細かく言えば光ファイバ関連はG02B6/00(ライトガイド;ライトガイドおよびその他の光素子,例.カップリング,からなる装置の構造的細部)という特許分類が付与されます。

マトリックスの中ほどにあるG02Bを見てみると、住友電気工業、古河電気工業、フジクラだけでなく日本電信電話(NTT)の件数が多いことが分かります。

一方、電線・ケーブルのH01Bと類似した出現頻度のH01R(導電接続;互いに絶縁された多数の電気接続要素の構造的な集合体;嵌合装置;集電装置)がコネクタ事業に関連するのですが、住友電気工業、住友電装、矢崎総業という自動車用コネクタ・ワイヤハーネスを手掛けている企業と日立金属が競合していることが分かります。

以上、電線・ケーブル事業においては電線・ケーブルだけではなく、光ファイバや自動車用コネクタ・ワイヤハーネスなどでも競合していた住友電気工業・住友電装が、自社事業・特許ポートフォリオをさらに強化するという面で買収する可能性がありそうです。

もちろん、住友電気工業・住友電装へ対抗するために古河電気工業やフジクラなどが買収する可能性もあると思いますが、本記事ではあくまでも自社事業強化の観点から可能性の高そうな企業について取り上げていきます。

4. 磁性材料・金属材料

2位のTDKは日立金属の磁性材料事業であるH01F(磁石;インダクタンス;変成器;それらの磁気特性による材料の選択)に件数が集中しています。

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日立金属はネオジム磁石で有名なNEOMAXを2007年に買収しています。

TDK以外に村田製作所も件数がありますが、TDKの件数が多い他の領域を見てみると

C22C(合金)
B22F(金属質粉の加工;金属質粉からの物品の製造;金属質粉の製造)

などの金属材料系でも日立金属と競合しています。

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TDKの製品情報を見ると、特に日立金属の金属材料の製品ラインナップとは異なるので磁性材料に関する特許ポートフォリオ強化と、新たな金属材料の製造ノウハウの獲得および製品ラインナップの追加という観点からの買収があるのではないでしょうか。

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なお、金属材料のC22C(合金)に着目すると、

大同特殊鋼
三菱マテリアル
神戸製鋼所
JX金属

などが日立金属の金属材料の事業部門のみを買収する(TDKは磁性材料部門のみを買収)というオプションもあるかもしれません。

5. その他事業部門

その他、出願トレンドが特徴的な個別の事業部門2つについて取り上げます。

5-1. スパッタリングターゲット材

日立金属の電子材事業の中にターゲット材(FPDパネル・太陽光パネル配線材料)がありますが、これはC23C(金属質への被覆;金属材料による材料への被覆;表面への拡散,化学的変換または置換による,金属材料の表面処理;真空蒸着,スパッタリング,イオン注入法または化学蒸着による被覆一般)に該当します。

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この分野で競合しているのが三菱マテリアルやJX金属です(住友電気工業も酸化物半導体スパッタリングターゲットの開発を進めているようですが、ウェブサイトに製品情報がありませんでした)。

JX金属は半導体用ターゲットで世界シェア約60%を誇るトップ企業なので、スパッタリングターゲット材の事業のみを電子材事業領域から買収して、さらに自社事業の競争優位性を固めるということもあるかもしれません。

5-2. セラミックスハニカム担体

上述した電線・ケーブルや磁性材料・金属材料といった事業領域では競合せず、他社と異なる領域で日立金属と競合しているのが日本ガイシです。

競合しているのは

C04B(石灰;マグネシア;スラグ;セメント;その組成物,例.モルタル,コンクリートまたは類似の建築材料;人造石;セラミックス)
B01D(分離)

で日立金属の事業としては自動車関連分野のエンジン・排気系関連部品に属するセラミックスハニカム担体が該当します。

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日本ガイシは自動車の排ガス浄化装置「ハニセラム」で世界シェア50%のトップシェアを誇っていますので、5-1で述べたスパッタリングターゲットと同様に、自社のセラミックスハニカム担体事業をより強固なものとするとために、日立金属の個別事業買収という方向性もあると考えます。

おわりに

以上、今回は日本特許情報をベースに、最終的に日立金属を買収する日本企業はどこか?という点で分析してきました。

最も良いのは特許情報だけではなく、事業情報や技術情報などを総合的に加味して分析を行い、買収が自社にとって有効な手段か否か検討していただくことだと考えています。

また、今回は買収企業が自社事業・特許ポートフォリオをより強化するという観点で分析していますが、自社事業が足りない点を補完・補強するための買収もあります。本記事では補完・補強のためのM&Aという視点はあまり考慮できない点、ご了承ください。

事業的な視点や技術面については深く検討せずに、あくまでも特許情報を中心に分析してきましたので、実際のところと異なるところもあろうかと思いますが、特許情報分析でこのようなことが分かるという1つの参考にしていただければ幸いです。

補足 分析条件

日本特許分析についてはPatentSQUAREを用いています。

日立金属および日立電線の過去出願のうち、現時点で生きている特許のみ、かつ、データベースの仕様上の関係で2005年以降出願に限定した4,795件について引用・被引用特許母集団を形成しました(S011)。なお日立金属・日立電線の自社引用・自社被引用は除外しています。

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S011の母集団をPatentSQUAREの統計解析機能を用いて分析を行いました。

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