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プロダクトライフサイクル成熟期・衰退期における知財ミックスの定量的検証(II)

本記事のオリジナルは2018年12月1-2日開催「日本知財学会第16回年次学術研究発表会」で発表した内容になります。

1 緒言

前報(1)では家電等を中心としたコモディティ製品(アイロン、コタツ、ランドセル、扇風機、洗濯機、掃除機、冷蔵庫)について日本特許・意匠データを中心にプロダクトライフサイクルにおける成熟期・衰退期における知財ミックスについて定量分析を行った。その結果、コモディティ化していると考えられている製品であっても、知財ミックス率(=意匠件数/特許・実案件数)には差があり、さらに主要企業ごとに知財ミックスへの取り組み度合が異なることが確認できた。

前報では日本特許・意匠データを用いて日本企業中心に分析を行っており、海外企業ではダイソンのみを分析対象としていた。しかし、日本国特許庁の宗像長官は「ダイソン、アップル、サムスンなどの企業では、特許出願が増えた後に意匠登録が増えるのに対し、日本企業の多くでは1980年代に盛んだった意匠登録が、1990年代以降は低迷している。意匠登録が活発なこれらの企業は、1つ1つの製品のデザインを重視しているだけではない。デザインを重要な経営資源として活用し、ブランド力、そしてイノベーション力を高めている。」と述べているように(2)、意匠出願を積極的に活用した知財ミックス戦略は海外企業の方は進んでいると予想される。

そこで、本報では前報と分析対象製品を洗濯機、掃除機、冷蔵庫に限定した上で、これら製品の成熟市場と考えられるアメリカと、成長市場であると思われる中国における特許・意匠データを収集し、知財ミックスに関する定量化を行った。またアメリカにおいては冷蔵庫についてマーケットシェアとの関係も含めて知財ミックスがマーケットへ与える影響・効果について考察を加えた。

2 分析対象および分析方法

分析対象国としてはアメリカおよび中国を選定し、特定製品(洗濯機、掃除機、冷蔵庫)・企業分析についてはアメリカおよび中国特許および意匠情報を用いた。(中国では実用新案情報も含めている)。比較対象として前報で報告した日本特許・意匠データも用いている。データベースは海外特許・意匠データについてはPatbase(日本はPanasonic PatentSQUARE)を用い、1987年以降出願のデータを対象とした(3)。

本報ではプロダクトライフサイクル成熟期・衰退期における知財ミックス状況の定量評価を行うため、分析対象のコモディティ製品として、冷蔵庫、洗濯機、掃除機を選択した(母集団形成にあたっては特許については国際特許分類・CPCおよびキーワード、意匠についてはロカルノ分類・アメリカ特許分類およびキーワードを用いた)。分析対象国であるアメリカ・中国での普及率データを取得できなかったが、アメリカにおいては日本と同様、100%に近い普及率があると想定される一方、中国では普及率はまだ100%近くまで達しているとは想定しにくい。

中国においては2017年の特許出願件数が約140万件、実用新案出願件数が約170万件であるのに対し、意匠出願件数は約63万件あり、特許・実用新案件数の合計と比べると約5分の1程度であるが、他国に比べると圧倒的な規模の意匠出願である。そのため、今後コモディティ化が進んでいくであろう冷蔵庫、洗濯機、掃除機の知財ミックス率をアメリカや、前報で報告した日本と比較するベンチマーク先として選定した。

3 日本・アメリカおよび中国における知財ミックス率

図1. 対象製品と知財ミックス率推移(発行国別)

図1に対象製品ごとの発行国別知財ミックス率(=意匠件数/特許・実案件数)推移を示す。対象製品別で見ると、冷蔵庫>掃除機>洗濯機の順に知財ミックス率が高くなっていることが分かる。また対象製品内の発行国別でみると、中国が各製品において日本・アメリカを上回る知財ミックス率となっており、普及率からはまだコモディティ化していないにも関わらず、積極的な意匠出願を行っていることが分かる。中でも冷蔵庫については2012年に知財ミックス率が111%に達しており、特許+実用新案を上回る意匠出願がなされている。しかし中国は国レベルおよび行政レベルにおいて専利(特許・実用新案・意匠)出願へ対して奨励金制度を設けているため(4)、この影響が大であると考えられる。

一方、日本とアメリカを比較すると対象製品ごとに多少の差はあるが、1990年代後半までの知財ミックス率では日本がアメリカを上回っており、コモディティ製品において日本が知財ミックス率で米国に後れを取っているとの指摘は当たらないと言えよう。

4 アメリカにおける優先国別知財ミックス率

次に発行国を米国に限定した上で、優先国別の知財ミックス率について図2で検討した。優先国としてはアメリカ以外に中国・韓国・日本を選定し、米国市場における各国企業の知財ミックス戦略について確認した。その結果、米国は2000年代前半から知財ミックス率が上昇し30%前後で推移しているの対し、韓国は2013年に急激に増加しており、近年では知財ミックス率が米国を上回っている。

図2. 米国における優先国ごとの知財ミックス率推移(対象製品別)

さらに冷蔵庫に着目し優先国・韓国の特許・意匠件数推移を見ると、2013年は米国意匠出願件数が特許出願件数を上回っていたが、これはサムスン電子の意匠出願急増に因っていた。

図3. 米国における優先国・韓国の特許・意匠出願件数推移(対象製品:冷蔵庫)

5 アメリカにおける冷蔵庫のマーケットシェアと知財ミックス率

図4. 米国冷蔵庫市場マーケットシェア(5)と主要企業の知財ミックス率

最後に冷蔵庫についてマーケットシェア(バブルサイズ)と知財ミックス率推移(前半:1987-2001年と後半:2002-2016年)について図4で検討した結果、両者に明確な相関は認められなかった(日本企業についてはマーケットシェアが不明なため図4に掲載していないがパナソニックや三菱電機については直近知財ミックス率が上昇していることが分かった)。

6 結論および今後の研究の方向性

日本における知財ミックス率について定量分析した前報に続き、本報では米国を中心にコモディティ製品について知財ミックス率を定量的に評価した。その結果、コモディティ製品として取り上げた家電では米国企業よりも韓国企業(特にサムスン電子)の知財ミックス戦略が加速化していること、また米国における冷蔵庫マーケットシェアと知財ミックス率の関係について分析したが、相関および因果関係の詳細分析までは明らかにできていない。今後は分析対象製品・企業やマーケットシェアの推移などの要因についてより詳細を確認しておく予定である。

参考文献

  1. 野崎篤志, プロダクトライフサイクル成熟期・衰退期における知財ミックスの定量的検証, 日本知財学会第15回年次学術研究発表会予稿集,2017年

  2. 宗像直子, イノベーションの原点に戻ろう, IPジャーナル, 5号, 2018年6月

  3. Minesoft Patbaseは特許・実用新案だけではなく、一部の国については意匠データも収録している。米国意匠データについては1865年、中国意匠データについては1985年以降を収録しており、最新分までカバーしている。

  4. 葛厚生, 《北京便り》中国特許出願の奨励制度, 知財ぷりずむ, 2013年6月

  5. Statista, Market share of refrigerator brands among consumers in the United States, as of May 2017

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