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【特許から見るM&A】昭和電工の日立化成買収によるシナジーは?

2020年4月末になりますが、昭和電工が正式に日立化成を連結子会社化したことを発表しました。

日立化成の買収にはカーライル、ベイン、日東電工、そして昭和電工が名乗りを上げていましたが、最終的には昭和電工が日立化成の時価総額の約3倍である1兆円規模で買収することになりました。

昭和電工はプレスリリースにおいて、

今回の再編を機に、化学業界の川上(素材)に位置する昭和電工グループと川中から川下(機能・モジュール・評価)に位置する日立化成グループが一体となり、今後予想されるグローバル競争の激化や市場構造の大きな変化といった事業環境において、「ワンストップ型の先端材料パートナー」として皆様から信頼される 「世界で存在感のある機能性化学メーカー」を目指してまいります。

と述べていますが、今回の買収によって昭和電工としてはどのような事業領域強化が図れるのか、特許面から見てみました。

時間のない方向けに以下サマリーです。

・売上規模では昭和電工>日立化成だが、特許出願規模から見ると昭和電工<日立化成であり、昭和電工は川中・川下事業+特許を買収により手に入れたと言える。
・昭和電工と日立化成の買収によってシナジーが期待できる領域の1つとしては電池事業が挙げられ、既存事業であるリチウムイオン電池だけではなく、レドックスフロー電池の研究開発・事業化に向けて加速化すると予想される。


1.昭和電工・日立化成の国内特許出願概況

まずは昭和電工・日立化成両者の国内特許出願状況について確認していきます。こちらは両社の国内特許出願件数推移です(2018-2019年出願分は未確定値)。

なお2000年以降を対象として、累積件数として昭和電工9,128件、日立化成14,641件でした。

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昭和電工が直近400件/年であるのに対し、買収される日立化成は1,000件/年なので、日立化成の方が特許出願規模としては大きいといえます。

しっかりとした定量的な検証は行っておらず、私の個人的な感覚になりますが、B2C企業とB2B企業を比較すると、より下流に位置するB2C企業の方が出願規模が大きくなる傾向にあると思います。

化学業界の川上(素材)に位置する昭和電工グループと川中から川下(機能・モジュール・評価)に位置する日立化成グループ

で述べられているように、両社ともB2B企業とはいえ、昭和電工の方がより川上に位置するとなると出願規模的に日立化成の方が大きくなるのも納得できます。

次に権利状況(権利存続中、公開・審査中、消滅)別の件数分布ですが、以下のようになります。

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比率で見ると、昭和電工の方が権利存続中+公開・審査中案件が50%であるのに対し、日立化成は40%強で、消滅している特許の割合が多いことが分かります(実数ベースでみれば、出願規模の大きい日立化成が権利存続中+公開・審査中案件の方が多いです)。

売上規模としては昭和電工が約1兆円であるのに対し、日立化成が約7,000億円なので昭和電工>日立化成となりますが、特許出願・権利化面から見ると、昭和電工<日立化成という結果になりました。

川上事業を中心とする昭和電工が、川中・川下事業を中心とする日立化成を買収することで川中・川下事業の特許ポートフォリオを強化したといえます。

2.昭和電工・日立化成の技術分野別出願状況

基礎統計諸量について確認したので、続いて両社がどのような技術分野へ特許出願しているのか見ていきましょう。

以下では特許分類であるIPC(国際特許分類)を用いて簡易的に技術分野別へ展開しています。分解能が粗い点はご容赦ください。

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両社とも出願が多いのは半導体分野(H01L)です。

続いて昭和電工ではHDD(G11B)、バッテリ(H01M)と続きます。

一方、日立化成は感光性樹脂・レジスト(G03F)やポリマー・接着剤(C08L、C08G、C09J)やプリント基板(H05K)が累積1,000件前後で並んでいます。

両社ウェブサイトから製品情報を確認すると、昭和電工

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は半導体・HDDなので、エレクトロニクス関係の特許出願が多いのに対し、日立化成では機能材料の電子材料や樹脂材料(接着剤・テープ)などだけではなく、先端部品・システムの蓄電デバイス・システムや電子部品という、より川下寄りの事業に関する特許出願が多いことが分かります。

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3.両社のテクノロジー面のシナジーが発揮される技術分野は?

技術分野別の出願状況も見たところで、昭和電工は日立化成を買収してどのような事業・テクノロジー面でシナジーが出るのでしょうか?

横軸に昭和電工の特許出願増減率、縦軸に日立化成の特許出願増減率、バブルサイズに両社の累積件数を足し合わせた出願ポジショニングマップを以下に示します。

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まず目立つのは

昭和電工が中長期的に出願強化している農業分野(A01G)
日立化成が短期的に急激に出願強化している医薬品(A61K)

の2分野です。これらはそれぞれX軸・Y軸付近にポジショニングされていますので、シナジーというよりは2社がそれぞれ取り組んでいて、昭和電工にとっては日立化成の医薬品事業が新規事業領域として追加されると考えられます。

どのような出願をしているかというと、

特開2017-036235
【発明の名称】ナノ薄膜転写シート及びその製造方法
【課題】優れた生体親和性を確保しつつ、ナノ薄膜層を容易に被着体へ転写できるナノ薄膜転写シートを提供する。
【解決手段】浸透性基材2aと、カルボキシメチルセルロースナノ薄膜層3と、浸透性基材2bとがこの順に積層されてなり、カルボキシメチルセルロースナノ薄膜層3が、カルボキシメチルセルロース及びカルボキシメチルセルロース誘導体からなる群より選ばれる少なくとも一種を含有し、浸透性基材2a,2bが、溶媒を浸透又は透過させることが可能な基材である、カルボキシメチルセルロースナノ薄膜転写シート1。

とあり、具体的には

【背景技術】【0002】
近年、ナノ薄膜層を臓器、皮膚等に貼付するためのナノ薄膜転写シートが注目されている。例えば、創傷被覆材として、皮膚表面や臓器創面に対して貼付する医療用のナノ薄膜転写シートが提案されている。

で医薬品そのものというよりはメディカルデバイスでした。

一方の昭和電工ですが、製品情報の「その他」に

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とあるように植物工場関連部材、特に青色LEDについて取り組んでいることが分かりました。有価証券報告書からも

当社独自技術である高輝度LED照明等の植物工場向け製品については、継続した研究活動により高速栽培技術「S法」の適用範囲を広げ、市場開拓に取り組んでいる。特許庁の「事業戦略対応まとめ審査」制度を活用して取得した特許権を軸に、栽培面積1平方メートルあたり日産500グラムのレタスを収穫する高速栽培技術「S500」(従来技術の2.5倍以上)と高い野菜の清浄度を維持できる栽培環境技術をアピールし、実証設備、大型工場の受注活動を進めている。

とあり、特許庁の「事業戦略対応まとめ審査」制度を活用した知財戦略を活用しています。

しかし、直近の出願を見るとLEDだけではなく

特開2019-170340
【発明の名称】育苗用培地、育苗方法および栽培方法
【課題】2次育苗のための鉢上げを実施せずに、第1花房が展開するまで植物を育苗することが可能な育苗用培地を提供する。また、苗の徒長を防止することが可能な育苗用培地を提供する。
【解決手段】育苗用培地10は、播種用の凹部11が上面に形成されている多孔質体12の側面が非透水性のフィルム13で取り外し可能に覆われている。多孔質体12は、メラミン樹脂を含む。

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育苗用培地に関する出願もありますので、LEDを軸に植物工場ソリューションをパッケージの提供も視野に入れているのではないでしょうか。

昭和電工の植物工場、日立化成の医薬品(正確には医療用のナノ薄膜転写シート)は各社独自に取り組みでしたが、改めて出願ポジショニングマップを見ると

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バッテリマネジメント(H02J)
バッテリ(H01M)

は両社いずれも出願強化しており、シナジーが期待できる領域ではないかと思います。

日立化成はリチウムイオン電池の黒鉛負極材料メーカーとしても有名ですが、日立グループの電池事業再編に伴い鉛蓄電池大手の新神戸電機を完全子会社化(その後吸収合併)したのでリチウムイオン電池だけではなく鉛蓄電池も製品ラインナップに加わっています。

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一方、昭和電工のエレクトロニクス : 電池関連用材を見ると

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のようにバインダ、ラミネートフィルム、導電助剤を取り揃えており、日立化成とは相互補完関係にあります。

両社の直近の出願(2015年以降)の違いを見るためにテキストマイニング(ユーザーローカルAIテキストマイニング利用)を使ってみました。

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ワードクラウドからは昭和電工はリチウムイオン電池よりも、むしろ最近はレドックスフロー電池に注力していることが分かります。一方の日立化成は鉛蓄電池や負極といった出願が多いことが分かります。

両社の違いをもう少し見てみると、

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両社共通:リチウムイオン電池
昭和電工特有:レドックスフロー電池、外装、包装
日立化成特有:鉛蓄電池、フロー電池

とあり、実は日立化成も(レドックス)フロー電池の研究開発・特許出願を行っていました。

昭和電工は日立化成買収によって、リチウムイオン電池事業でのシナジーだけではなく、新たなエネルギーデバイスであるレドックスフロー電池の研究開発・事業化に向けてのシナジー効果も得られるのではないかと思います。

なお、出願ポジショニングマップの原点付近を拡大すると、

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両社が出願強化している磁石や導電フィルム・導電ペースト、日立化成が注力している触媒・フィルトレーション、センサ、バイオテクノロジーなども注力領域として見つかりますが、本記事ではここまでとさせていただきます。

4.まとめ

以上、特許面から昭和電工の日立化成買収について見てきました。

結論として

・売上規模では昭和電工>日立化成だが、特許出願規模から見ると昭和電工<日立化成であり、昭和電工は川中・川下事業+特許を買収により手に入れたと言える。
・昭和電工と日立化成の買収によってシナジーが期待できる領域の1つとしては電池事業が挙げられ、既存事業であるリチウムイオン電池だけではなく、レドックスフロー電池の研究開発・事業化に向けて加速化すると予想される。

となります。

なお、川上事業と川中・川下事業のシナジーという点では、昭和電工の川上事業である素材が日立化成の川中・川下事業へ活用できるのではないかという視点もあろうかと思います。また海外出願等の分析も行いたいところではありますが、今回のマクロ分析ではそこまでは行っていません。ご了承ください。

皆様から注目度合いが高ければ、仮に日東電工が日立化成を買収していたらどうなっていたか?も記事にしたいと思います。

ぜひコメントや感想などを寄せていただければ幸いです。

5.分析条件

データベース:PatentSQUARE
検索条件:出願人=(昭和電工+日立化成)
分析対象期間:2000年1月1日出願~2020年3月15日発行分
テキストマイニングツール:ユーザーローカル テキストマイニングツール( https://textmining.userlocal.jp/ )で分析

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