『ブルーピリオド』 彼が“好き”と向き合い続けることから得られたもの
最近久々にハマった漫画がある。
『ブルーピリオド』 (アフタヌーンKC) 山口つばさ
内容は、絵を描くことで己の中の「楽しさ」を知った若者の、芸大受験を通した成長の物語である。
最近「クリエイティブとは何ぞや」という想いが頭をぐるぐるしており、それを考える上で良い刺激となる作品であった。
以前感想を簡単にまとめて書いた。
作中の言葉を借りれば、良い作品とは人に何かを語らせたいと思わせる力があるのだろう。
今回は増補版として、好きなポイントを一つずつ詳細に綴っていく。
基本的に作品を読んでいない人向けだが、ネタバレ全開なので中身を知りたくない人は先に読んでからどうぞ。
作者さんが第1話をまとめてネットに上げてくれているので、それを読んでからでもよし。
ではスタート〜
1、面白い物語は三幕構成
映画の脚本の書き方に「三幕構成」という手法がある。
三幕構成では、ストーリーは3つの幕 (部分) に分かれる。それぞれの幕は設定 (Set-up)、対立 (Confrontation)、解決 (Resolution) の役割を持つ。3つの幕の比は1:2:1である。
幕と幕はターニングポイントでつながっている。ターニングポイント (プロットポイント) は、主人公に行動を起こさせ、ストーリーを異なる方向へ転換させる出来事である。wikipedia:「三幕構成」
話づくりの基本として、有名な映画作品や(※例えばバックトゥザフューチャーやアナと雪の女王など)、他のメディアにも取り入れられている手法である。
ブルーピリオドもこの手法から話の展開を理解することができるので、詳しく解説してみたい。
◎第一幕
第一幕は作品の目指すゴールを示すいわば導入であり、これがどんな物語なのかの説明をしている。
主人公は「誰」で、「どんな人」なのか。
物語の中で「何」を目指すのか。
本作ではこれは2話までで表されている。
ざっくりあらすじを書くとしたら、
主人公「矢口八虎(やぐちやとら):高校2年生男子」は、美術の時間に、絵を描くことでこれまでにはなかった「楽しさ」を知り、大学受験において難関とされる「東京藝術大学美術学部絵画科(油画)への合格」を目指す。
という感じになる。
先生に胸の内の話すときのしぐさとか表情がまたリアル
※ちなみに、藝大(油画科)の去年(2019年3月)の試験結果を見たところ、募集人数55人に対して応募者数は923人。その内合格者は54人だったので、倍率はおよそ17倍とのこと。しかもこれは現役+浪人合わせての数字なので、現役勢のみにするともっと少ない( ^ω^)…ヤバイネ
第一幕はきっかけを通して主人公が大きく変わっていくところが描かれており、導入として分かりやすくできている。
このまま実写とかになってもすぐ有用できそうなくらいなので、お話作りをしている人にも参考となりそう。
第一幕ラスト、いよいよ物語が主題に向かって動きだしていく
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◎第二幕
第二幕は大きく前半と後半に分かれている。
前半は3話から5話まで、後半は6話から24話まで。
ボリュームが大きく異なるが、おそらく分けるとしたらこんな感じだろう。
○前半
八虎は学校の美術部に入部し、絵画の技法を学んでいく。同時にライバルとの出会いを経て、今後の成長を誓う。
この頃、主人公の周囲はまだ藝大受験を本気と受け取っておらず、5話の最後に母親との和解を通じて状況が1本にまとまる。(ここまでが前半)
ここのシーンは何度読んでも泣ける(ノД`)
○後半
八虎は高校3年生となり、舞台は芸大受験用の予備校がメインとなる。
ここでも主人公は技術を習得していくが、同時に大きな壁にぶつかる。
それは自らの内面性についての話である。
元々学習能力が高いので、教えられた技術を理解することは得意。
さらに集中して努力ができるので、どんどん技術力を高めることもできる。
しかしその反面、普段から心の内を表に出すことをしてこなかったため、「外に出したい、何かを訴えたいという”気持ち”」が足りない。
何事もまじめに取り組むが故の反動。
絵を描くことにおいて伝えたい「何か」が欠けており、本人は「(ものを)見ないと描けない」と言及する。
自分の描きたいものを他者に伝わるように描くということ。
そこをどう克服していくのか。
これは最後まで悩み続けることになるが、結局悩んだ日々そのものが今の自らの姿と認識することで、ようやく本心の受容に至る。
試験直前に友人と二人海を見に行き、さらにはお互いセルフヌードを描く展開へ 若者らしいがロック過ぎるw
自分自身のアイデンティティの構築は、成長の物語を描く上でオーソドックスだし(例えば自らの出自を知るとか、困難を乗り越え新しい自分を受け入れるとか)、
何より絵を描いて表現するという本作の主題とマッチしていた。
◎第三幕
第三幕は主人公の挑戦の結果が描かれる。
挑戦して良くなった部分もあれば、悪くなる部分もあるだろう。
結果に至るまでの過程を丁寧に描いているので、そこに納得が生まれるのだと感じる。
25話(第6巻のラスト)で受験の合否(結果)が出て、物語は一旦幕を閉じる。→今は続きが連載中
安西先生リスペクト
このように現在刊行中(2020/01)の1~6巻までの流れは、物語として王道を行くものであり、読んでいて純粋に楽しいと感じられた。
2、理屈で考える芸術初心者から見た絵画の世界
続いては主人公について
主人公は元々恵まれた才覚を持っている。
・成績は超優秀
・友人関係も円滑で不満もない
・顔立ちもイケメン
本人の目立つ属性を抜き出すと、設定盛り盛りでまるで「ぼくのかんがえた理想の男子高校生」のよう・・・(^^;)
まぁそれでも、外側から見たら誰だってこういう風になって人生を楽しみたいと思うものだろう。
主人公にとって、勉強や人間関係を円滑に進めることは「課題の解決=ゲームのクリア」に近い。
スコアを上げるために努力する、徹底した合理主義者である。
だから結果の分かりにくい(感性を問われる)絵画の世界は、趣味でやるものだと思っている。
ここはそのまま裏返せば本人の欠点となる。
外から見て優秀な部分を深堀りしてみると、すべて「他者由来のもの」を完璧にこなしているに過ぎず(それでも十分凄いが)、自分の内から何かを生み出すということがほとんどない。
他人との関係でしか自分を出せない、ある意味他者依存的な存在であり、その実、エゴ(楽しさ)を出して否定されることへの恐れを抱いている。
だからこそ絵を描いて伝えるという、元来自由きままでわがまま、かつ内面を表すコミュニケーションで通じ合えたことは貴重な経験となったのであろう。(多分音楽やダンスとかでも内容は当てはまりそうだけど)
序盤で本人が絵を描くことにはまっていく過程は面白い。
主人公は元々物事を論理的に理解する能力があるため、技術に対する理解が早い。
理屈でどうやって絵が上手くなっていくのかがそのまま描かれている。
この漫画を読んで久々に美術の授業の時間を思い出したが、あれはそういう理屈だったのだなと今になって理解できたし、名画といわれてきた作品も理屈の部分から理解することができる。
感性が主とされる世界において、ロジカル的な要素も多く描いた絵画の漫画である。
理屈で丁寧に向き合っていく主人公と、絵のことがよくわからない読者の心がリンクして、一緒に成長を楽しめるという部分が第2のおもしろポイントである。
3、己の”好き”と向き合ったからこそ得られたもの
最後は己の「好き(=感情)」と向き合うことの大切さについて書く。
これは本作の根底を流れるメインのテーマだろう。
上の言葉は本作において主人公に投げかけられた言葉であり、続いて「好きなこと」に人生で最も向き合うことは別におかしいことではないと諭す。
それでは、なぜ主人公は感情の赴くままやりたいことを選ぶのは悪いことと感じるようになったのか?
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例えば物語の序盤において、主人公の家庭の事情が語られる場面が多い。(父親が一度事業に失敗し、母親が堅実志向になったことなど)
それと同じように、現代に生きる我々は、大人になるに従って感情だけでは動かない世界の仕組みを知るようになる。
物事を行う上で“より効率良く”動けるよう計画し、実行する。
そして当然そのやり方で結果を出した人が評価されるようになる。
これは後天的に意識するようになった要素であって、その人の持つ感情が決して無くなったわけではない。
結果を出すと同時に本来叶えたいと願った感情も満たさなければ、何をしても報われたという思いを感じることは難しいのではないかと感じる。
だからこそ、好き(or○○したい)という感情と向き合い続けることは重要なのであろう。(同時に周りの人をポジティブにさせることもできるし)
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それでも好きと言い続けることはなかなか難しいかもしれない
物語の中で、主人公は好きなものを好きというのは怖いことという気づきを得る。
例えば自分の話したことが、親や、友達、学校の先生から理解をされないことがあるとする。
大抵の人にとってもどこか経験があるのではないだろうか。
自分の思ったままの感情を外に出してそれが否定されてしまった場合、己の存在が否定されたかのように傷つくことは想像に難くない。
好きというものを形で表すことは、ある意味世界から肯定と否定の両方を一気に受ける可能性があるわけであり、とても勇気の要ることである。
だからこの物語は、一人の少年が結果を目指す中でそういった勇気を獲得し、感情と正面から向き合っていく自立の物語となっている。
絵を描くという行為によって、「新しい言葉」を獲得した
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良い作品には、他者に語らせる何かがあるという。
自分がこの作品から得たクリエイティブとは、何かによって動かされた心の衝動なのだと感じた。
その証明として、ここまで長々と文章を書くことができたわけだし。(4000字を超えたのは久々w)
よく仕事でクリエイティビティ(創造性)が大事って聞くけど、アウトプットするにはインプットが10倍は必要って聞くし、あまり気軽に出せるもんじゃないよね。(苦笑)
少なくとも自分は、クリエイターの努力に報いられる人でありたいと思った。
まだまだ作品の魅力を伝えきれてないが、あなたがこのBlogを読んで感想を語りたいと思ってくれれば幸いである。
おわりに 0歳から始まる藝大生活
主人公は受験を通して、アーティストとしての第一歩を果たした。
つまりこれからが本当のスタートであり、どのようなアーティストに育っていくかが楽しみである。
おそらく藝大編ではアーティストとしてのアイデンティティや、ビジネス(数字として評価されること)との関連など、さらにアートの世界との付き合いが描かれていくこととなるであろう。
今後に期待である。
今日のところはここまで
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました(゚ω゚)ノ
P:S ちなみに他のアート系の漫画としては、他に『ギャラリーフェイク』(ビッグコミックス)細野不二彦 がとてもおすすめ。
ギャラリーのオーナーが主人公なので、アートに対して客観的に知ることができるし、性格が皮肉屋で不愛想なのはブラックジャックを思わせる。
アートを取り巻く世界の一端を気軽に学べることができるだろう。(自分はこれで学んだ)
追記:2020/03/16
マンガ大賞受賞おめ!!
何らかのアクションをいただけると、一人で記事を書いてるわけではないのだと感じられ、嬉しくて小躍りしちゃいます。