人間関係を続けることと、お金の関係について
一つ気になったニュースがあったので、取り上げてみました。
主催者側の意見がメインのようです。
すべて個人の経験則(主催も所属も)から学んだことになりますが、
表題に対する結論として、人間関係を主体とするサロン(広い意味でコミュニティに含めるとする)そのものを事業化することは「困難」と考えます。
そこのつながりから新しい事業を作ることは可能であったとしても。
※内容は無名の人とあるので、元から何かしらで有名な方は別です。あれはミュージシャンで言うファンクラブのような扱いになるかと思います。
だからここでは比較対象として扱うことは致しません。
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そもそもコミュニティは、前提として何をするために集まっているのでしょう?
新しい人間関係のつながりを作るためでしょうか?
それとも自分の商売や思考に有効な価値観や仲間を求めてでしょうか?
多分運営者も所属者も、それぞれ微妙に求めるものは異なりながらも、お互い納得した上で関係を続けられているというのが現状だと思います。
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コミュニティを主催または所属した結果、友人と付き合っているような感覚を持つ人もいるでしょう。
しかし、”友人関係に近いもの”を続けるために積極的にお金を払いたいと考える方はいるでしょうか?(そもそも友人ってお金が無くても分け隔てなく付き合えるから友人たりえると思うのですが)
主催者側が直接お金を対価として支払う関係を求めるなら、初めから完全に商売として割り切って説明した方が分かりやすくていいと思います。(納得しない人は初めからコミュニティに入らないだけですし)
中途半端な目的意識で続ければ、始めた当初は良くてもその内モチベーションも下がり、問題が発生することは容易に予想がつきます。
コミュニティが外側から良い雰囲気で見られるのは、人間関係が極力フラットに捉えられているからだと考えます。
しかしフラット型であれピラミッド型であれ、組織として良好な人間関係を続けるには、運営者、所属者両方にある程度自己犠牲が必要となるでしょう。
もちろん運営者に対して、お金であれ、何であれ対価が支払われるのは当然だと思います。(会の準備や円滑な運営に対して既に時間や体力を払っているのですから)
そこをお互いバランス良く譲りあえるようになるかが、関係を続ける中で大事なことかと思います。
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私個人としては、いったん全員がコミュニティの主催者として何らかの集まりを主催されてみることをお勧めします。
そうすれば主催側の苦労や気持ちも理解できますし、お互いの交流から新しいものが生み出せやすくなると考えております。
何らかのアクションをいただけると、一人で記事を書いてるわけではないのだと感じられ、嬉しくて小躍りしちゃいます。