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ゆめうつつ

夢の続きをいつまでも探してた

この一言がいつかの私のようでふうとため息をついた。

学生の頃、米津玄師が好きだった。彼は私の頭の中を全部読み取っているのではないかというくらい自分に通ずる言葉を綴っていた。これは私だけの思い上がりではなくて、友人から、米津玄師はかささぎにあまりに似てるからおすすめしないと言われたくらいだった。
そう言ってくれた友人と疎遠になってから、米津玄師を聴き始めた。そしてどっぷりと彼の歌を信じるようになった。

私の鬱や、どうしようもない性格がどこまで彼と共通していたかわからないが、でも多くの曲が私の根幹に届いていた。彼のSNSやブログ、ネットの記事は全部読んで、何度も何度もアルバムを聴いて、紅白歌合戦で彼が歌唱した徳島の美術館まで足を運んだ。1人で初めて行ったライブは最前列で、呆然としながら目の前で彼が歌っているのを見ていた。二度とない経験だった。

そんな私も徐々に大人になり、彼の書く曲も少しずつ変わり、今では陶酔するような、信仰するような応援の仕方をしなくなった。この間インスタグラムでライブ配信をしているのを聞いていると、ハイボールを飲みながら適当におしゃべりをしているようで、なんか楽しそうでいいじゃん、くらいに思った。
だけど未だに、どんな音楽も受け付けないような気持ちのときにも、米津玄師の曲ならすっと体に入れられる。私の心をぐさぐさと刺しながらも大丈夫にしてくれる。


声が出せるような喜びが 君に宿り続けますように

この曲を聴くと、徳島に行ったあの冬を思い出す。


私もハイボールが好物だ。


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