第5話　嘘ってつくの苦手ぇ〜

2023年11月19日 20:01

「ただいま〜」
　って、言っても誰もいないけど・・・と、思っていたら、奥から声が聞こえた。

「おかえり」
　あれ、お母さんもう帰ってたの？

「早くない？」
「ふう、何してたの？こんな遅くまで、あら、そんなに濡れちゃって」
「え、そんな時間？？」
　時計を見たら、8時を過ぎていた。
あれ？そんなに時間って経(た)っていたっけ？？

「はい、タオル。先にお風呂入っちゃいなさい。風邪ひくわよ」
「はぁ〜い」

　何してたかなんて、話せないよ。だって、信じてくれるわけないもん。
だから、とりあえず、何にも言わず、お風呂に入ることにした。

も　う、お湯張ってくれてたんだ。
私は、服を脱ぎながら、お風呂場をのぞいていた。

　お湯につかると、なんか疲れがどっかに行っちゃう。
そして、私は、さっきあったことを考えていた。

　絶対に、ぜぇっ〜たいに、あの犬から声を聴いた。
それは、間違いない。透き通った男の子の声だった。
それに、目をつぶったら、聞こえる。どうしてか分からないけど、今でも覚えている。
すごく優しかった声だった。
でも・・・

　と、私は、口までお湯に浸(つ)かって考えていた。
柴犬は、私に何を伝えたかったかな。って、また私の妄想だったのかなぁ・・・自信無くなる。でもちゃんと聞いたし・・・

　ポチャン、と、天井の水滴が、水面(みなも)に波紋を作る。
私の黒い長い髪の毛が、お湯に浮かんでいる。
柴犬の、あの綺麗な茶色の毛を思い浮かべていた。
　朝は、小汚い犬だって思ったんだけど、雨で泥が流れて、すごく綺麗な毛をしてたなぁ。

　私は、ずっと柴犬のことばっか、考えていた。
どことなく、愛嬌のあるあの顔とか、舌を出してる顔とか、そして、あの声・・・
　どうしてか分からないけど、朝のこと、そしてさっきのこと、何回も頭をよぎる。

ガラッ、と浴室のドアが開いた。・・・お母さんだ。
「ふう、いつまでお風呂に入ってるの？早く出て、ご飯食べなさい」

　あ、もうそんなに入ってたんだ。そういや、のぼせてきたかも・・・
私は、「はぁ〜い」って、お母さんに答えて、お風呂から上がった。

　ジャージに着替えて、私は、タオルで頭を拭きながら、リビングに向かった。
　そこには、豚肉の生姜焼きが並んでいた。

「お母さん、今日は、鍋じゃないの？」
「ふうが、帰ってくるのが遅かったからじゃない。さぁ、早く席に着いて」
「あ、そっか・・・」

　私は、タオルを肩にかけたまま、ご飯を食べる。
お腹は、すごく空(す)いていた。ただ、食べるまで分からなかったけど・・・

「ふうって、考え事したらずっと、考えてるわよね」
お母さんが、聞いてきた。

　私は、味噌汁のお椀(わん)を口にあてながら、「そうかな」って答えた。

「それに、あんな長い間、雨の中で何をしてたの？」
　どうしよ？なんて答えようかな？正直に言っても、信じてくれないだろうし。
「・・・琴実とコンビニで、雨宿りしてたんだけど、全然止まないから、帰ってきたの。そしたらさぁ、途中で雨止むでしょ。なんか、嫌んなっちゃう」
　と、とっさに嘘をついた。

「そうなの？だったら、コンビニで、傘買えば良かったじゃない」
「え、あ、そうだね。買えば良かったね。あはは、何してんだろね、私」
　私は、嘘をつくのが、すっごく下手だ。知ってたけど・・・

　それから、私は、黙々とご飯を食べた。
別に悪いことをしてた訳じゃないんだけど、少しでもしゃべっちゃうと、「犬が話しした」とか言いそうで。

　すると、お母さんから声をかけてきた。
「明日もテストでしょ？勉強しなくていいの？」
「そっかぁ、まだまだテスト続くんだよねぇ・・・明日は、現国だったかな？」
「ふう、そんな他人事でいいの？ふうの事なんだから、もっとちゃんと考えなきゃ」
「はぁ〜い、ごちそうさまでしたぁ〜」

　私は、お箸を置いて、自分の部屋に戻った。
もちろん、勉強なんか、手につかないわけで・・・寝ちゃった。

続く

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