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ふしん道楽 vol.1 間取り

子供の頃、暇さえあれば間取り図を描いていた。

そりゃもう夢中でチラシの裏があったら隙間なく描いた。
憧れのおうちの間取り図かお姫様のドレス、そして山ほどのティアラやネックレスなど宝飾品で埋め尽くすのがその頃の日課であった。

欲望がむき出しで怖い!なにこの子!?マンションと洋服と貴金属て。
キャバ嬢か。
自分で落として自分でフォローするようで恐縮だが、さすがにそこまでは考えてなかった。むしろ無心で、ただ楽しくてひたすら描いていた。
(そして今、失ったものに気がつき泣きそうになっている。)

それにしても不思議なのは熱心に描いていたのが建物の外観ではなく、間取り図ばかりってことだ。
幼稚園児が描く例のお家とチューリップと太陽とパパとママ、みたいなやつも描いた覚えが全く無い。

小学校に上がってからは特にはっきりと部屋数や水周りの配置、更には動線などに興味が集中していた。
不動産屋の賃貸部門のような小学生…。
その割に「建物の外観」を絵に描いて自分の好きに表現するということを思いつきもしなかったのは、おそらく私が団地で育ったからだと思う。

昭和50年代、東京都下にはいくつものニュータウンがつくられていた。
私たち家族が暮らしていたのは最初のほうに建てられた公団住宅。
10階だったので窓からは遠く富士山まで見ることができた。
目視できる範囲は本当にすべて団地。
どこまでも続く団地のすべての部屋はどこまで行っても同じような間取りなのだ。
そのことを考えると怖くなって私はよく窓から叫んでいた。

膨大な数の同じような部屋に暮らす無数の家族のことを思うとなぜか恐ろしくてたまらなかった。
今でも移動中に古い団地風の建物を見かけたりするとチラシ裏に間取りを描き殴ってはベランダで絶叫するという愉快な子供時代を思い出してしかたない。
早いとこ忘れたい。

そんな子ども時代のほとんどは妹と2人、4畳半の子供部屋で過ごした。
うちの間取りは2DK。
小さな玄関を入ると廊下のようなスペースを挟んで右手が子ども部屋。
左手には洗面所と浴室、トイレなど水まわり。

廊下の正面にあるドアを開けると奥には5畳ほどのダイニンキッチン。
両親のいる居間兼寝室が6畳。
その頃の公団住宅の基本装備として子供部屋のドアは真っ白の長方形の中央に横一本青い線の入ったもの。
そして引き戸である。
ついでに言うなら紙で出来ていた。
なんというかまあ、ふすまだった。

ふすまは破れたりするといっきに物哀しい風情が出る。
セロハンテープで修繕していると子供ながらに侘しくてたまらない。
そんな時は明日の朝起きたらこれがドアになっていますように、と神に祈りながら眠った。

お願いです、あの外国の板チョコみたいなドアにして!
色は綺麗な水色にしてください。
さらにもしも付け加えることが可能ならこのアルミサッシのベランダは両開きの出窓に。
廊下の階段を降りると陽のあたる踊り場がありますように…
いつのまにか祈り、っていうかリクエストになっていく。

「朝は外国映画のような鉄の柵みたいなベッドで目覚め出窓のある自分の部屋から廊下を通って、陽のあたる階段の踊り場に大きなクッションをいくつか置いて、座り日がな一日読書をしたりミルクティーを飲んだりバレエのレッスンをする」
というのが私のお家妄想の原点だが、これもそのころ読んでいた少女漫画の憧れシーンがいくつか混ざったものと思われる。

クッションをまき散らした上でバレエを踊れるって、一体どれほど広い踊り場なのかと思うが私はその区分の曖昧な「部屋以外のスペース」というものにひどく憧れていた。

現代の住宅にはサービスルームやDENなど「部屋」でありながらも空間として区切られていない場所が、わりと多く作られるようになっている。
でもそのころは一般住宅にそのような場所の定義は無かったし、あったとて団地住まいの小学生は知る由もない。

そんな私のなかでは部屋以外のスペースといえば踊り場一択だった。
しかも踊り場のことを文字通り踊る場所だと信じていた。
なので律儀にバレエの練習をしようと思っていたのだ。
クラスでも1、2を争うほど体硬いのに。

それほど踊り場に執着していながら当時の私にはその階段の下がどうなっているのか想像できなかった。
今ほど情報も手に入らない時代で、チラシで入っている不動産情報は自分の家とさほど変わらない賃貸物件ばかりだった。
団地で育ったために平面でしか家の間取りをイメージできなかったという可哀想なお話である。

しかしそれが一概にも不幸とは言えない。
私はその後もせっせと間取り図を描き、そのうちに家の枠線が漫画の枠線となり、いつのまにか漫画家になって踊り場のあるような建物をこれでもかというほど描いてきた。

子供時代の強い憧れのおかげでこうして仕事をさせてもらって人様が思うほど贅沢三昧をするわけでもなく大人しく暮らしているので今までで1番お金を使ったのは、何を隠そうリノベーション。
賃貸の事務所でもやったしマンションも3、4回。
鎌倉の古民家も含めるとかなりの回数のリフォームをしてきた。
漫画家は家にいる時間が長いから、という言い訳をするにしても割と多い。

なのでこの連載のタイトルも普請道楽。
新築をバンバン建てるほど豪気ではないので遠慮して普請は平仮名にした。ちょっとダサいような気もしている。

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