見出し画像

ふしん道楽 vol.6  窓のサイズ

28歳のとき、結婚の予定が立ち消えたので女ひとり終のすみかとしてマンションの購入を決めた。
当時の自分としてはまさしく清水の舞台から思い切りジャンプして、マッハで頭から地面に突っ込んでいくレベルの買い物だったが、そこに決めるまでにはかなりたくさんの部屋を見に行った。
大抵はすでに空いている部屋だったが、住人が住んだままの物件を見たことが一度だけある。

案内の不動産屋はカマキリにそっくりな細身の男性で、あまり多くを語らない人だったから、私は部屋に入るまで住人がご在宅であることを知らなかった。
まだお住まいではあるけれど、その日は留守にしているものだとばかり思い込んでいた。
私自身、住んでいるところに知らない人が来て値踏みされるなんてお断りだからだ。

そんなわけで誰もいないと思っていたので、玄関を入ってすぐに「Oh……」と声を漏らしてしまった。
正面の階段上にものすごく派手なステンドグラスがあったからだ。

私は子どものころ「モチモチの木」でおなじみの、滝平二郎画伯の絵がひどく恐ろしかった関係で、線がつながっているステンドグラス状のものがすべて苦手なのだ。

そのおそらく鶏がモチーフの作品は、赤と黄色と紫という斬新な色使いだった。
きっと注文したものなのだろう。
家族の形見であったり、風水的なグッズであったり、何らかの深い理由があってここに嵌めてあるのかもしれない。

それなのに。

「うわ、ヤバい。これって取り外せますかね?」

私はそこにお住まいの奥様が階段上に待ち構えているのも知らず、割と大きな声で不動産屋に質問した。
彼は「ちぃ!」みたいな表情をしてすぐに普通の顔に戻り、
「どうでしょう。家主の方に聞いてみましょうか」
と言って階段の上に目線をやった。

そこには家主の奥様が無表情で佇んでいた。
おもむろに脱いだスリッパでそのままスパーンとやられても文句を言えない。
それほどに失礼千万な話である。
いい歳をして常識がなくお恥ずかしい限りだ。
今さらながら改めて謝罪したい。
あのときの奥様、本当に失礼いたしました。
でもあのステンドグラスやっぱり変でしたよ。

何でかというと、図案の問題ではなく窓の長さが足りないから。
窓は単純に玄関の明かり取りとして設置されたもので、一般的なものより縦が短くずんぐりした印象の横長の窓。
吹き抜けで高さのある広い空間に対してサイズも小さすぎる。

そこに絵画的要素の強いステンドグラスを嵌めてしまうと、サイズが小さいだけに全体のバランスが悪い。
もっと縦に長い窓であったらステンドグラスもピタリとはまったのかもしれない。


アート作品を玄関などに飾るのには高いセンスとバランス感覚が必要だ。
自分の家でもいつも玄関に飾る物で悩む。

花瓶の大きさと花の高さは、天井までの距離のバランスも考えてお花屋さんが生けてくれる。
しかし周りの小物がバランスを崩すことが多いので気をつけている。
香炉や鍵を入れるトレー。
大きすぎるのはもちろんだが小さすぎる方がダメな気がする。

エステなどに行くとよくキャンドルや天使の置物、造花のブーケがちまちまとエントランスや受付のコンソールに並べてあり、アメリカのドラマなどで怒り狂ってる人のようにすべてをなぎ払いたくなる。
何もかもが小さすぎるのだ。あと何で天使。

店舗など、ある程度高さのあるエントランスにマグカップサイズの小物を置くのはやめた方が良い。
ある程度深さのある花瓶や横に長い容器などを置くか、20〜30センチ以上高さのある鉢植えの植物が無難だ。

プロが入って全体をデザインするアパレルや飲食店などは例外で、個人経営でそこまで予算が回せないお店などにはこのレベルの場所はまだまだ至る所にある。
ましてや個人宅となると更に多い。


なぜならば、そのサイズのちょっとした素敵な物が日本にはあまり売っていないから。
なさすぎてもうバルミューダの加湿器でも置いたろか!
ぐらいに「ちょっと高さのある素敵な花瓶」や「大きめの壺的な置物」が圧倒的に少ないのだ。
家のスケールに合わせている部分もあるが、基本的に日本人は小さな物を飾りたがる習性があるからだろうか。
ちまちました素敵な物ならいくらでもあるのに、炊飯器ぐらいのサイズの素敵な物、はあまり見当たらない。
早く見つけたい。


というのも、この春、事務所の玄関ホールを改装しようとしていて、今までのテーストに合わせていた置物が次のデザインには合わない。

吹き抜けで天井が高く縦に長い玄関なので、ちんまりしたものを置けない。
そう、お気付きかもしれないが、ステンドグラスがあった家は現在の私の事務所なのである。

玄関ホールの明かり取りの窓のサイズには現在進行形で頭を悩ませている。
壁の中央より右に寄っていることなど、すべてにおいてバランスが難しく扱いにくいのだ。
今までは観音開きの白い窓枠を取り付けて、黒い枠線を二重に入れていたが、サイズはそのままなのでやはりどこかちぐはぐだった。

今度の改装ではそこを何とかしたい。
装飾的な細工を上下に足して本来の窓枠よりも40〜50センチ長くしたらどうか。
などと思いを巡らせているうちにふと縦に長いステンドグラスは……?
という考えが浮かんでしまう。
どうしようかと思っている。

ふしん道楽_vol.6_

・・・

ライフスタイル誌「I'm home.」に掲載された、インテリアにまつわる安野モヨコのエッセイ『ふしん道楽 』のバックナンバーをnoteで順次無料で公開しています!
これまでにnoteに掲載したバックナンバーは、下記からお読みいただけます。
『ふしん道楽』は「I'm home.」で現在連載中です。
記事に関する感想はコメント欄からどうぞ!(スタッフ)
安野モヨコのエッセイやインタビューをさらに読みたい方は「ロンパースルーム DX」もご覧ください。(スタッフ)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?