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鎌倉空想風景帳  御成

本エッセイが書かれたのは、8年前の2013年です。
当時安野モヨコが暮らしていた鎌倉で発行されている、文芸タウン誌「かまくら春秋」にて連載。
エッセイは2013年当時の内容なります。(スタッフ)

鎌倉空想風景帳  御成

珍しい国産のグレープフルーツというのを手に入れた。

皮を剥いてみるといつも食べているカルフォルニア産のようなぴたっとした皮ではなくほわほわしている。
白い部分(中果皮というらしい)が厚くて、でも密度が無く綿みたいに柔らかい。
カルフォルニア産は海を渡って長い船旅をしているからそこが痩せているのだろうけどどうもグレープフルーツでないような感じ。
文旦とか日向夏とかそういう日本の柑橘類にとても良く似ている。
皮を剥いて食べてみると完全に文旦だった。
控えめな苦みに柔らかな甘さ、静かな酸味。薄く緑がかった果実の色。

今更ながらグレープフルーツの種を日本で育てると日本の味になる、ということに感動した。
グレープフルーツなのにどうしても文旦になってしまうほどに風土の力とは強いものなのだ。
野菜や果物は自然の物だから抵抗が無く、その土地で育てばその土地のモノになる。

建物はどうだろう。
サンタフェ風のピンクの壁や南仏風のテラコッタの壁の家はたしかに素敵だけれど日本の里山には全く合わない。
その建物が生まれた場所とは空も太陽も違う。
背景になるのは日本の樹木の色だ。
せっかく素敵な建物を建てても風景になじまず却って殺し合ってしまう。

明治大正の洋館が鎌倉の風土に馴染んでいたのはそこに日本の心が入っていたから。
サンタフェ風や南仏風が悪いというのではなくて、日本に馴染むよう日本の心で建てれば良いのではないかと思う。
具体的には、と問われると困ってしまうけど。

鎌倉空想風景帳_御成

・・・

初出:2013年5月号 No.517 (発売日2013年05月01日)

こちらのエッセイ及び挿画は、文芸タウン誌「かまくら春秋」2013年5月号に掲載されたものです。
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(スタッフ)
安野モヨコのエッセイやインタビューをさらに読みたい方は「ロンパースルーム DX」もご覧ください。(スタッフ)


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