見出し画像

還暦不行届 第一回 波状攻撃(全文無料)

監督不行届の文章版というとまたしてもアホなエピソード満載で笑えるやつ、とご期待くださるかたがいるかもしれないけれど
これはほとんど覚え書きのようなものです。

思い出した順に書いていくので
年代もまちまちだし、笑えるどころかあきれるような話もあると思います。
でも書いていかないと忘れてしまうし、日記のようにノートにコツコツ書いていこうと思っても日々に取り紛れて忘れてしまうので、この場をお借りすることになりました。

漫画が好きなのであって作家には興味がないと言うかたや
私の夫である庵野秀明に興味のないかたには
全く興味の持てない内容かもしれませんが
時々そう言う内容のメルマガが届くということを
どうかご容赦くださいませ。

還暦不行届 第壱話

鎌倉に住んでいた頃。
ある気持ちの良い朝に私は本当によく寝て
すっきりと目が覚めた。
あまりに気持ち良くて日のあたる場所に立って
思い切り伸びをしていると、いつのまにか背後に夫が現れてニコニコしながら私の胴を両腕で挟むようにして抱きかかえてグッと持ち上げた。

後から聞くと小さな子を抱き上げるような気持ちでやったとのことだったが
それは偶然プロレス技でいうところの
バックドロップ、の最初の型みたいな状態だった。

私の身体から「メキ」という音がした。
とても痛い。
病院に行くと肋骨に大きくヒビが入っていた。

肋骨というのはギブスができない場所なので
コルセットをしておとなしく暮らす他ない。
少し笑うのも咳をしても痛い状態だった。

そんなおり、地方に仕事で行くことがあった。
鎌倉から渋谷の仕事場に寄って置いてある服や画材を荷物に加えてから出発するという流れ。

私は普段から忘れ物が多いのだが、鬱の影響なのか当時は更に記憶力が低下していてなんでも忘れてしまうので監督に伝言を頼んだ。

「忘れそうだから、ナミーンちゃん(当時のスタッフ)に私にこれとこれを持たせるよう伝えておいてね」

仕事場に着くとナミーンちゃんが待機していて
持ち物を用意してくれていた。
しかしひとつだけわからないものがある、と心配げに言いだした。
「監督から、『寝る時用のシャツ』を持たせてやってと言われたのですがパジャマですかね??」
「寝る時用の…?」
私も全く覚えのない事なので首をかしげていたが
次の瞬間2人の頭に同じことがひらめいた。

「ネルシャツ…」

一拍おいて身体が折れるかと思うほどの爆笑に襲われた。
私もナミーンちゃんも床に倒れて笑った。
当然肋骨が痛くてたまらないのだが笑いはおさまらない。痛い。本当に痛い。

監督はネルシャツ、と言う名称を知らず
私の言葉を聞いても何だか分からないけど
きっと寝る時に着るシャツだな、と理解して
ナミーンちゃんに伝えていたのだ。

肋骨にヒビが入った時は悪気があってやったことじゃないし、と思って怒らなかったが
この時は理不尽かとは思いながらも文句を言った。

笑うと痛いっつーてるのになんでこんなボケをかますんだ!

監督はなぜ自分が怒られているのかもよくわからない様子だったが、小さな声で「ごめんなさい」と
言っていた。
それが面白くて私はまた笑った。
そしてまた肋骨が痛むのだった。

・・・

『還暦不行届』が書籍になりました!

「監督不行届」は安野モヨコと庵野秀明夫婦のディープな日常を綴ったエッセイ漫画。「フィール・ヤング」で2002年から2004年まで連載していた作品。【試し読みはこちらから】

「監督不行届」の文章版となる『還暦不行届』を、noteで配信中です。
『還暦不行届』第弐話(無料記事)は下記からどうぞ!

『還暦不行届』のノーカット版を読みたい方はマガジン「ロンパースルーム DX」からどうぞ!(スタッフ)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?