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くいいじ 椎茸

【2009年発行】の「食べ物連載 くいいじ」(文藝春秋刊)に掲載した文章をnoteに再掲致します。記事の内容は原稿制作当時の出来事です。
(スタッフ)

食べ物連載「くいいじ」 椎茸

普通より少し小ぶりで、とても新しそうな綺麗な色の椎茸を見つけたので思わず手に取った。
原木生しいたけと印刷された袋に小さな文字で
「ドングリのなる木で育ちました」
と書いてある。
メルヘン好きとしては買わずには居られない。

バター炒めにしようか、それとも網で焼いて塩とレモンで食べようか、と考えながら袋を開けると、開けた瞬間から何とも言えないいい香りがふわっとそこら中に拡がった。
椎茸の香り、と言うよりも椎茸の呼吸した空気が袋一杯に詰まって居たのが解放されて、台所に充満し、まるで森の中に居る様なしっとりとしたさわやかさに包まれたのであった。
その空気を胸一杯に吸い込む。
外では虫の声がして静かに日が暮れて行く。

椎茸の歯ざわりを楽しみたいな、と思ったので薄い味で軽いマリネにしようと思い付いた。
少しだけ付いている土や木のかけらをていねいに取って、石突きを切って行く。
あまりの可愛さに切ったら「痛いよう」と泣き出すんじゃないかと一瞬心配になる。
きのこと言うものは美味しいのはもちろんだけれど、童話や絵本の中でもキャラクター化されたり森のちいさい生き物の家の屋根や椅子になったりと大人気だ。

そんなきのこを美味しく食べてあげるからね~と微笑を浮かべて切りさばいている図、と言うのはメルヘン目線で言うと鬼婆そのものだが、スライスした形すら可愛いのである。
石突きをポックリと根元から抜いてしまうと固い部分も無く食べ易いけれど、スライスした時の形が可愛いと言う理由から傘の部分と同じくらいの長さで切って、石突きも薄切りにして使うのである。

椎茸と言うくらいだから椎の木にしか生えないのかと思っていたけれど、楢や櫟、栗や柏などにも生えるらしい。
春に生えるのを「春子」と言って椎茸界ではこっちの方が良い物とされるそうだけれど、私は秋の森の色とりどりな枯葉の中からピョコンと顔を出している「秋子」の椎茸の方がよりきのこ感が高い様に思う。

この季節になると高尾山へブラブラ出掛けるのだけど、楽しみのひとつに「山のお宝を買って帰ること」がある。
小さい台の上にアケビや銀杏と共に取れたてのヒラタケやなめこが並んでいる。
なめこなんかは普段食べている物の倍以上の大きさで、ぬめぬめした液みたいなのも市販の物とは違う。
ぬめぬめさも倍増するのかと思いきや、案外アッサリとしたぬめり具合なのである。
そして山で買ったきのこで味噌汁を作って、むかごの炊きこみ御飯を食べるのは、秋のハイキング翌日ならではの楽しみだ。

秋で森できのこ…何と心をくすぐるメルヘン三点セットなのだろう。
それがインプットされた原因は二つ思い当たる。
小学生の頃大好きだった「キノコ♡キノコ」という漫画だ。
マッシュとルーム、シャンピニオンと言った名前の付いたきのこのキャラクター達が恋をしたりケンカをしたり友情を育んだりするのである。
その可愛さに何度も繰り返し読んではきのこへの夢を育んだ。

しかしこれは外国産のきのこの話、比べればどうしても泥くさい日本のきのこ、とりわけ椎茸となるとどうしてもお醤油の味と香り、煮しめのイメージがつきまとう。
メルヘンとは程遠い。育みかけた夢はここで一度頓挫する。
どうして日本のきのこはマッシュルームじゃ無くて椎茸やしめじやなめこなの?!と。
しかし、日本のきのこもメルヘン世界の住人であり、可愛らしい物たちであることを私に知らしめた人が居た。
宮沢賢治である。
作品中の森や山は日本でありながらも、どこか薄い色彩で透明感があり、その中できのこは…日本のきのこでありながらも何か不思議な魔法を身にまとって登場したのだった。

そうか…!!椎茸は日本のマッシュルームなんだわ…♡
と思ったのかどうかは知らないが、小学四年生でマスコット作りが大流行した際、ウサギやイチゴ等ファンシーなマスコットを手作りしている女子達にまたしても無理矢理混じって安野モヨコ(九歳)が製作したのは、あろう事か「しいたけ」のマスコットであった。
茶色いフェルトで。
その当時の自分にとって、「しいたけ」は立派にファンシー界の一員だった事が窺い知れる。
友達にはもちろん大不評。
多くの中からそのモチーフを選んだ理由をもう一度当時の自分に聞いてみたい。
そんなにきのこが好きなのか、と。

出来上がったマリネは椎茸のひんやりとした歯ざわりが何とも美味しい一品となったので、それを肴に赤ワインを飲みながら秋の夜中にそんな事を思い出した。
今の自分は間違いなくきのこが大好きな様である。

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