鎌倉空想風景帳 玄関
本エッセイが書かれたのは、8年前の2013年です。
安野モヨコが暮らしていた鎌倉で発行されている文芸タウン誌「かまくら春秋」で連載していた『鎌倉空想風景帳』。
書籍になっていないエッセイを、イラスト共にnoteに再掲載します。
内容は2013年当時のものです。(スタッフ)
鎌倉空想風景帳 玄関
玄関の横に植栽があるとないとでは家の印象に天と地程の差があると私は思っている。
緑がある事でそこにはみずみずしい空気が生まれるし、そのみずみずしさを受けて石段やタイルにもなんとなしに湿度が宿り趣が出る。
それは日本の気候風土にとても良く合っている。
もともと湿度が高い気候である日本において、水気はなるべく排除したい要素のように思われているようだ。
特に近年は西洋風の建築が多いのでその傾向が顕著になったように思う。
水気というのは不思議なもので中途半端に水っぽい地面が生乾きだったりとか、勝手に湿り気をおびてるのは気持ちが悪い。
しかしこちらでわざわざ濡らした時には全く違う印象になる。
「湿り気」というのも乾かした方がいいのかと思いがちだが実は逆。
水で流してしまえばかえってじめじめとした感じが消えてコンクリの石畳ですら山の中の清流の岩のような印象が出る。
毎日きれいな水を撒いておけば質の良い苔が緑の絨毯のように拡がってくる。
そこにつやつやしたツワブキの葉と何本かの木賊、南天でも生えていれば驚く程にしっとりとした小さな庭園が仕上がるのだからやらない手は無い。
もしももう少し広さに余裕があるのなら小さめの紅葉や侘助の一本でも植えて足下に玉竜でもあしらえばほとんどパーフェクトではないだろうか。
日本人お得意の「見立て」というやつで、本当は山の上のお屋敷のように広大な日本庭園があればいいに決まってはいるけれど一般庶民には叶わぬ夢。
だから湯飲みが四つ程しか乗らないお盆くらいの面積に小さな小さな庭園を造るのだ。
それこそ江戸時代から続く庶民の楽しみであり嗜みでもある。
・・・
初出:2013年8月号 No.520 (発売日2013年08月01日)
こちらのエッセイ及び挿画は、文芸タウン誌「かまくら春秋」2013年7月号に掲載されたものです。記事に関する感想はコメント欄からお気軽にどうぞ!(スタッフ)
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