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ふしん道楽 vol.3 タイル

ひと月ほど前に気に入っていたお皿を割った。
それは非常に平べったく細長いお皿で、洗面所に置いてトレーとして使っていたのだが、ごっついガラス瓶の美容液を落としたらパシーンと勢いよくまっぷたつに割れてしまった。

ふざけんな美容液!容器だけで値段の2/3くらいかかってるんじゃないのか?!ガラスが分厚過ぎて中身はめちゃ少ないし!と、無実の美容液に言いがかりをつけて怒っていたが、悪いのは完全に自分である。
とりあえず落ち着いてお皿を手にしばし考え…修理をしようと思い立った。
普段からあまり食器を割らないのでなかなか機会がなかったけど、実は前から金継ぎに興味をもっていたのだ。これはチャンス到来!

しかし本当にやろうと調べてみれば漆を使うだけあって大変に手間がかかる。
まず、割れた部分が奇麗に合わさるようにやすりで整えたりして下準備から始めるのだが、まずやすりがない。

今回の割れ方は斜めに1本稲妻のように割れているだけなので割と簡単そうではあるが、金のラインが1本よりは複雑な方が美しいんだけど、もう一回割っちゃう?いやいや、破壊してどうする。
とか、材料や道具をそろえるのは良いけど、どこにしまうんだ?
そして次はいつ使うってんだ?
こうやって一式そろえて結局やらなかったお皿の絵付けセットとかあったよね?
など考えているうちに面倒になってきてしまった。

そしてモロッコで見たモザイクタイルの職人さんのすご技をぼんやり思い出した。

床に置いた色とりどりの大判のタイルをノミと木槌でコンコン打つと、なぜだかきちんとした形に割れていく。
切り取り線がうしろに付いてて簡単に割れていくのか?と疑ってしまうほど大きさも角度も同じタイルが続々と出来上がっていく。

一つひとつは三角形や八角形だが、組み合わせていくと星型になったり連続する蜂の巣状にになったりしていく。
寺院の壁の美しいモザイク模様は気が遠くなるほど複雑に見えたが、こうしてひとつずつ形を割り出しては長い時間をかけて貼り付けていくのだなと飽きもせずにその作業を見てしまった。

あんな風にお皿をコンコン割ったらどうなるだろう。金継ぎを自由自在に操り模様にできたら……。

そういえば自宅のリフォームの時にも職人さんがタイルをコンコン割っていた。角になる場所や配管などの周りを貼る為のタイルをつくるのだ。
ノミで割れるような大きさの陶器タイルを使うのは浴室の壁とかキッチンまわりなど水まわりが多く、大抵の場合は真っ白を選ぶ。古い病院の壁に貼られていたような白、と表現していたが一度だけ冒険して深緑のタイルを使ったことがあった。

鎌倉の古民家を改装したときに2ヶ所あるトイレを洋館風と和風のデザインにしたのだが、和風の方は壁紙を薄い翡翠色の布クロスにして、洗面ボウルも渋めな美濃焼。トイレとの境目には竹を何本か目隠しのように立てて、洗面台そのものにその深緑のタイルを貼った。

デザイン段階では焼き物のタイルもいくつか探して検討したのだけど、ボウルが焼き物なのでタイルまで焼き物にすると民芸感が強くなり過ぎ、信楽焼のタヌキを置けばもう完璧!謎のお土産屋のような空間が完成してしまう。

どうしても焼き物タイルを使いたいなら陶器のツルッとしたボウルにしたほうがバランスは良い、ということになったが陶器のボウルには気に入ったものが無くて諦めた。

結果、タイルをツルッとした陶器ものにしてボウルは焼き物にしたが、トイレに入る度に逆が良かったかなと後悔した。深緑のタイルの緑具合、盛り上がり具合が「息さわやか!」でおなじみのガム、クロレッツに激似なのである。

色付きのタイルはその発色も含めてつくるのも難しそうだが使うのも難しい。
クロレッツに似てるものは特に取り扱いに気をつけていきたい。
多分もう廃番だとは思うけど。

タイルや床材、壁紙などで困るのはカタログを舐めるように読んでサイズ、色の種類、水まわりに使えるのかなどをさんざん調べてやっと決定して発注したら廃番になってた…という事案がままあることだ。

仕事場の浴室の壁と浴槽の周りに、ガラスタイルを貼っていたのだが、リフォームから20年経過してさすがに剥がれて離脱するものが何名も出て来た。
今までにも何回かタイルの貼り直しをお願いしていた業者さんに連絡したが、ついにそのタイルが廃番になったと告げられた。

担当の方が色も質感も違う、サイズだけ同じタイルをいくつか持って来てくれたが同じピンクで微妙に違うのはかえって目立つ。
持って帰ってもらったけれど、ふと見れば壁と浴槽が半透明なスモーキーピンクなのに床は最初からサーモンピンクとオレンジのモザイクタイルなのだ。
色も材質も微妙に違う。

ガラスタイルは滑りやすくて床には向かないと言われてなんか違うと思いながらもほかに無くてこれにしてしまったのだった。
これに関しても後悔している。

内装を決めるときには何年たっても好きなものを選ぶのが良い(あたり前体操)。
少しでも違和感があるならその感じは長年住んでも消えないどころか大きくなるからだ。
反対に好きで選んだ物だと修理してずっと使っていこうと思える。

タイルが廃番になった浴室はいっそ1列すべて外してしまって、金色のタイルを貼って金継ぎみたいにしたらいいんじゃないか。

そんなことを思いついたところで台所に目をやると、お皿はまだ修理もされずカウンターに置いたままなのであった。

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