モモ ミヒャエル・エンデ

町はずれの円形劇場に小さな女の子が住んでいました。
名前は”モモ”。
モモには、不思議な能力がありました。
人の話を聴く力です。
「なんだ、そんなことか。」
と、お思いでしょうが、モモに話を聴いてもらうと、
迷いも、悩みも、喧嘩も解決し、目の前が開けてくるのでした。
モモは、アドバイスをするわけでなく、質問をするわけでなく、
ただ、じっと、聴くことができたのでした。

そこへ、”時間泥棒”の灰色の男たちが忍び寄ります。
灰色の男たちは、人々から時間を盗んで、その盗んだ時間で生きていたのでした。
モモは時間泥棒から時間を取り戻すため冒険に出ます。

小学生の頃、初めて『モモ』を読んだときは、
”時間”を泥棒するだなんて、面白いな、
と、ワクワクしながら読んだものでした。
ところが、大人になって、読み直してみたところ、子供の頃の感想と全く違い、恐怖感しか湧きませんでした。
時間泥棒である『灰色の男たち』が、心に突き刺さり、震える思いがしたためでした。


*灰色の男たち

『灰色の男たちは、人間の時間に対して、ある計画をくわだてていました。
大々的な、慎重にねりあげた計画です。一番気をつけたことは、
自分たちの行動をだれにも気づかせないようにすることでした。
彼らは目立たないように大都会の人々の暮らしの中にしのびこんでいました。
そして、一歩一歩、だれにも気づかれずに、日ごとに深くくいこんで、
人間の心に手を延ばしていました。

彼らは、じぶんたちのもくろみにかないそうな人間のことは、あいてがそれと気のつくずっとまえから、
すっかり調べあげていました。
そして、その人間をつかまえる潮どきを待つのです。
その瞬間がおとずれるように、くふうもこらします。』

灰色の男たちは、巧妙に人々に近づきます。

・虚無と誘惑

仕事の合間、”虚しさ””空虚感”を感じた、床屋のフージーのもとへ
灰色の男たちがやってきました。
虚無から逃れたいと思ったフージーは、誘惑に負けて、灰色の男たちのいいなりになります。
生活に彩を添えていたこと全てが無駄だと思い込まされ、
人付き合いを止め、ペットのインコも売ってしまいます。

エンデの作品の、『はてしない物語』では、彩のある空想の世界を破壊する原因が”虚無”である、
というシーンがあります。
”虚無”が持つ、負のエネルギーを『モモ』でも伝えています。


・文明の利器

大都会では、ラジオもテレビも新聞も、時間のかからない新しい文明の利器のよさを褒めたたえ、強調します。
ここにも、灰色の男たちが関与しています。
文明の利器が時間を節約させると、謳い、
人間が将来「ほんとうの生活」ができるようになるための時間のゆとりを生んでくれるというのです。
確かに、時間貯蓄家たちは、よけいにお金を稼ぎましたが、目つきはとげとげしくなりました。
「ほんとうの生活」はいったいどこにあるのでしょうか?いつ、おとずれるのでしょうか?


・娯楽のつめこみ

娯楽の使い方にも、灰色の男たちが入り込みます。
余暇の時間でさえ少しのむだもなくつかわなくては、と考えさせます。
無駄なく、効率よく、できるだけたくさん娯楽を詰め込もうと、やたらとせわしなく遊ばせようと仕向けます。


・しずけさへの不安

灰色の男たちは、しずけさを楽しむことを、不安にすり替えます。
静けさを楽しめなくなった人たちは、常に騒ぎ立てるようになってしまいます。


・高価なおもちゃと、習い事

灰色の男たちにとって、大人をコントロールするのは簡単でした。
大人たちは、時間をケチケチすることで、別の何かをケチケチするようになりました。
でも、そのことに、気が付く大人たちはいませんでした。
けれど、子供たちは、はっきりわかりました。
子供にかまってくれる大人がいなくなったからでした。
子供たちに気が付かれぬように、灰色の男たちは大人たちを使って子供たちをコントロールします。

子供たちに、
高価なおもちゃを与えたり、
映画を見せるお金を与えたり、
習い事にも通わせたりするようになり、
子供たちから、空想の世界で遊ぶ時間を奪います。


・お父さんお母さんからの言いつけ

一方、子供たちは、大好きな人である、お父さんお母さんから、
「モモたちは、神様からの時間をぬすんでいるから暇がある。だから、ほかの人の時間が無くなる。
モモたちみたいになっちゃうから、遊んでいけない」
と言われます。
灰色の男たちは、子供たちのお父さんお母さんの言葉を使って、モモから、引き離そうと洗脳します。


・与えられた成功

灰色の男たちがガイドのジジを丸め込むのは簡単でした。
新聞にジジの記事をのせ、ジジを人気者に仕立てました。
ジジのもとには、次から次へと仕事が舞い込み、大きなお金も手に入りました。
ジジは、あやつり人形のように過ごしていると自覚するものの、
有名になりお金持ちになった今の地位を捨てることはできなくなるのでした。


・良心を利用し、脅し、考える隙を与えない

灰色の男たちが手を焼いたのはベッポでした。
ベッポは、豊かな時間の使い方を知る人物だったからでした。
そこで、行方不明になってしまったモモを返してあげる代わりに、ベッポの10万時間を提供しろと、
嘘の脅迫をします。
しかも、いつもなら、熟考して答えをだすベッポに対して、今すぐ答えを出せと追い立てます。
モモのために承諾し、時間を節約した毎日を過ごします。


・つながりを断つ

灰色の男たちは、最大の敵であるモモを追い詰めるために、
モモと友人達とのつながりを断つことを思いつきます。
いくら、モモに時間が十分にあっても、完全に一人きりになると何になるでしょう。
呪いたくさえなるでしょう。
灰色の男たちは、そのことを知っていたのです。

*灰色の男たちから、逆説的に学ぶ

気が付かれないように人の心を操る灰色の男たち。
ストーリーに乗せることで、不気味さが際立ちます。
しかし、逆説的に見れば、灰色の男たちは、私たちにとても大切なメッセージを投げかけてくれているともとれます。
灰色の男たちに、心を操られないように生きる。
それは、豊かな時を過ごすヒントになります。

人とのつながりを大切に、丁寧に時を過ごす。

そんな、生きた時間の繋がりで紡ぎだす人生は、きっと美しい。
心から、思います。


*『モモ』の一番好きなシーン

途中から、物語なのか、現実なのかわからなくなってくるのが、エンデの物語です。
かつて、『はてしない物語』でも覚えがあります。
『モモ』でも、物語の中に入り込んでしまう一文があります。
モモは長い冒険の末、時間を取り戻す、最後のシーンです。

『カメのカシオペイアはよたよたと這っていって、しずかなものかげにもぐりこむと、
頭と手足を引っこめました。
その、甲らには、この物語を読んできた人にしか見えない文字が、
ゆっくりと浮かび上がりました。
「オワリ」』

物語を読んできた私を、ファンタジーの世界の中に連れて行ってくれるエンデ。
夢なのか、現実なのか、物語の中なのか漂う感覚。

私はまだ、本の中から抜けられそうにありません。

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