見出し画像

3月3日ポリンキーの日

(※いつもより長いです。2400字程度)


「姉ちゃん、やばい。ラストチャンスかも」

 真っ青な顔で幸也が言ったのは年末のことだった。大学4年生である彼は、4月入社の内定が決まっている就職先で入社前に必要な試験をクリアしなくてはならない。今回の試験結果ですでに2度落ちてしまったと言う。

「次の2月末の試験が最終で、以降はもう入社してからの受験になるらしい。どうしよう。俺、次で受からなかったら一人だけ資格無しで入社になるかも」

「じゃあ次で受かればいいじゃない」

 私は出来るだけ明るく返した。すでに落ち込んでいる彼に切れ味の鋭いはっぱを掛ける気にはなれなかった。彼も私の一言で気持ちが上向きになるなどと言うことはないようだが、静かに頷き、すぐに部屋に戻って勉強を始めたのだった。

 私は、漠々と心臓が大きく跳ね始める。

 じゃあ次で受かればいいなどと軽く言ったものの、受かる保証はないし、私がどうにかしてあげられるものでもない。彼がただひたすら頑張るしかないのだ。これでもし落ちてしまったらどうしよう。入社する前から猛烈な劣等感を抱いてしまうのではないか。ただでさえどこか自信なさげな弟なのに。

 私に何も出来ないことはもちろん分かっていたのだが、だからといってただ見ているだけと言うことも私には出来ず、私はそのとき決意した。

「よし、ポリンキーを我慢しよう」

 いやいや、そんなことかーい!!!

 そんなつっこみが聞こえてきそうではあるが、私はしかと決意したのである。だって、私の愛するポリンキーを彼が受かるまで食べないと言う決意はそう簡単に出来るものではないのだ。

 仕事が休みの前の日にはこのポリンキーと炭酸飲料を用意してマンガを読むかレンタルした映画を見る。これが私の至福の時なのである。その相棒であるポリンキーを一時的でも手放すことになるとは、過去にも経験がなかった。弟が受かるかも心配だが、私のメンタルも心配なほどである。

 そうして始めた禁ポリンキー生活。やっぱりつらいことこの上ない。休日の至福の時には、違うお供を連れてみたけれど、やっぱり違うのだ。

 ポリンキーの、あのサクサクとした歯触り良い食感。あっさりなのに、しっかりコクもある味わい。3個か4個を1度に口の中にいれ口いっぱいにもぐもぐ、サクサクと食べるのがお気に入りなのに、たったの1つさえ口に入れられないとは・・・・・・。

 自分が思っていたよりもつらい禁ポリンキー生活だったようで、私はついにやらかした。先日、職場の休憩室に誰かが差し入れて開けてあったポリンキーをうっかり1枚食べてしまったのだった。食べようと思って食べたわけではなく、本当に、自然とポリンキーに呼ばれたというか、こう、ティッシュをとる感覚で、さくっと・・・・・・。

 一瞬の幸せの間、もうそのあとは後悔の嵐であった。


 だから、今日の結果発表で落ちたみたいだと弟に言われた時、私はもう死ぬかと思った。落ちたのならば完全に私のせいではないか。

 どうにも認められなくて、私は彼に詰め寄る。

「本当に?もう1度よく見てみなよ!幸也、今回ずっと頑張ってたじゃん。受かってるはずだよ」

 私がそう言うと、幸也は改めてメールボックスの中を確認した。私は少し泣きそうだった。彼がこの2ヶ月と少しの間、猛勉強していたのを知っているからだ。1度目や2度目の試験でそうすれば良かったものだが、そんなことを言っても後の祭りであって、彼はそこを改善して今回頑張って挑んだのである。

 それを私のうっかり1枚のせいでまたも落ちてしまっては、もう私は彼になんと言えばいいのか。

「あった!」

 うん、そう、それは良かった。

 ・・・・・・?!

「何があったの!?」

 またもうっかりで聞きそびれた言葉を私は聞き返した。

「だから、合格通知があった!」

「え、だってさっき落ちてたって・・・・・・」

 もう一度確認してごらんといったのは私であるにも関わらず、私はわずかに動揺していた。

「そう、落ちていたメールだったんだよ、前回のね!で、今ちゃんと見たら新着メールで合格のメールがちゃんと来ていたんだ」

 満面の笑みで、どこかその顔には興奮した赤色が滲んでいる。

 合格、していたのか。

「良かったね、幸也!だって頑張ってたもんね!」

 私はやっぱり泣きそうになりながら、幸也の肩をバンバンと叩く。痛い痛いと言いながらも彼は喜んでいる。

 私は、喜びと同じほどの安堵の気持ちでいっぱいだった。

 良かった、私のついうっかりの1枚で合格を逃すことがなくて本当によかった。心からの深いため息を吐き出し、おかげですっぽりと体の中に空洞が出来た。

 この空洞を埋めるためにも、ポリンキーを摂取しなくては。安堵から今度は期待感に変わり、私は胸躍る。すると、弟がどこからともなく、なにやら大きな袋を取り出した。

「姉ちゃん、これ」

「え、何これ」

 渡されるまま、その袋を開けてみると、そこには私の大好きなあの子たちがいるではないか。

「ポール!ジャン!ベル!」

 私が感動の再会に酔いしれていると、幸也が不思議な顔をする。

「姉ちゃん、俺の試験の為にポリンキー止めていてくれたんでしょ?しょっちゅう食べているのに最近全くみないからさ。お礼にと思って買っておいたんだけど・・・・・・キャラクターの名前まで知ってるのかよ」

 そうか、弟は気づいていたのか。なんだかそれはそれで気恥ずかしい。そしてやっぱり、一枚うっかり食べてしまったことは秘密にしておこう、何となく。

「名前を知ってるのかなんて、当たり前じゃないの!私がどれだけファンだと。あ、新シリーズもある!ありがとう!我が弟」

 私は彼をぎゅっと抱きしめ、早速一袋を開けた。

 私は今から世界一美味しくポリンキーを食べる!

 鼻歌を歌いながら、それはもちろんひな祭りのそれではない。

「ポリンキー♪ポリンキー♪三角形の秘密はね。ポリンキー♪ポリンキー♪おいしさの秘密はね」

 教えて貰わなくても知っている。

 それはきっと、愛である。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 

【今日の記念日】

3月3日 ポリンキーの日

ひとくちサイズの三角形で、サクサク軽い食感が特徴のスナック菓子ポリンキーの美味しさをPRすることを目的に発売元である株式会社湖池屋が制定。日付は商品の形である三角形から3が重なる日に。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?