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8月17日 パイナップルの日

(いつもより少し長めです※2400字程度)
    
    蒸し暑い夏の雨の日。

    暑さに夏を感じてはいるものの、8月も半ばで花火もなければ祭りもない毎夜、夏の感慨などこれっぽっちもないのである。

 毎日向かう先が会社だからだろうか。社会人には夏休みなんてものはない。とくにうちの会社は、就業規則により1年の内に好きなタイミングで1週間の休暇を取ればそれでよしとなっているため、わざわざ夏のこの時期に休みを取る人も少ないのだ。かく言う私も10月に取得予定である。

 とにかく、今日もまた昨日や一昨日のように会社に向かう。

 駅前の神社の前を通ると、子供たちが朝もはよから遊んでいるのが見えた。階段で2、3人の小学生だろう。何となく耳を澄ませると、聞こえてくるのは知った言葉である。

「・・・・・・のおまけ!」じゃんけんぽん!

「チヨコレイト!」じゃんけんぽん!

「パイナツプル!」

 あ、これね。やったやった。まさに彼らがいるような神社の階段。今の子供たちもやっているんだな。それを見て、急にほっこりと懐かしさが心に沸く。


 それは夏の思い出だった。


 小学生のころのある日、友人たちと約束をして15時頃に神社前に集合した。ポケットの中には親にもらった500円、100円玉が5枚ある。友人たちとも金額を決めて持ってきた。小学3年生にとって500円は大金であったため、ドキドキうきうきしながらポケットの小銭を感じていた。

 私たちは皆、楽しみは取っておきたいタイプだったのか、神社はもう目の前なのに、集合してもすぐに祭りに参加せず、何となくそこに続く階段で遊んでいたのだ。裏の参道だったからか、人通りも少なく、ちょうど『グリコ』の遊びがしやすかったのもある。

 私は『グリコ』が割と得意であった。その日も私が1位になり、参道を上がったところで最後の1歩を大きくジャンプして終える。最後のそれは『パイナツプル』と言ったのだ。瞬間、ちゃりん、と聞こえた。けれどそれもすぐにその場の祭りの声たちに消され、ちらりと足下周りを見てもそれらしきものは落ちていなかっこともあり、私は気のせいかと思ったのだ。

 ポケットの中を確かめることもせず。

 そのままゲームは終了し、やっと夏祭りに参加した。

    今から20年以上も前の地域の夏祭りはどの出店も大体が地元の団体主催のものだったので、価格も随分と親切なものだった。だからこそ、各自持たされた500円はとても大金に思えたのである。かき氷、大判焼き、イカゲソ、焼きそば、ヨーヨーつり、くじ引き。これだけ買っても400円である。

 遊びながら、食べながらしていたらあっと言う間に夕方となる。最後にデザートを食べようと誰かが言い、向かったのは『冷やしパイン』の出店。最後の100円で皆が買い始めた。

 私はもうその100円が無かったのだ。ポケットを確認してもやはり無く、何より、さっき落としたかもしれないと言う自覚があるので、無いことは分かっていた。けれど、なくしたと言うことも恥ずかしく、私は焦っていた。
    そこで考えたのが、家に帰ることだった。

「ちょっとさっきの店で忘れ物したみたいだから、先にパイン食べて待ってて!」

 私は友人たちにそう言い、これまでで一番速く走っては自宅に戻ったのだ。自宅が神社から近いところにあったことも幸いだった。のんびりとテレビを見ていたらしい母に私は急いでお願いをした。冷やしパインを作ってくれと。

「急になによ。パイン、冷やしてないわよ」

 母は渋ったが、私の焦った顔が危機せまっていたからか、仕方ないと言って台所に立ってくれた。
    食器棚に置いてあったパインを切ってくれた。確か昨日買ってきたものであり、私はその存在を確認済みだったのだ。
    それに割り箸を刺し、即席の冷やしていない冷やしパインを作ってくれた。理由も問わず怒りもせずに、それを渡すと早く行きなさいと再び送り出してくれたのである。

 私は再びのその道も速く走った。パイナップルを持っている分、行きよりもいくらかスピードは落ちているかもしれないが、それでも急いで神社に戻った。そして友人たちに見つからないよう、参道を通り、いくつかの店をくぐり抜け、皆のいるはずの境内裏に戻った。

「啓ちゃん遅いわー」

 そう言った悠斗が冷やしパインの最後の一口を食べているところだった。

 その場に全員いてくれたことにほっとした。

「お待たせ!ごめんな」

「あ!啓ちゃんのパインめっちゃでかい!」

 そう言われ、改めて母の作ってくれた冷やしパインを見ると、なるほど確かに出店で買うその大きさではない。

「何なん、どこで買ったの」

「これ、大当たりらしいわ」

 私は行ってもいない冷やしパインの出店に勝手に大当たりを作り、それをもらったのだと皆ひ伝えた。

 母が作ってくれた冷えていないパインは今思うと生パイナップルの皮を剥いた1/4サイズのそれに割り箸を刺していたのだろう。そらでかいし重いわ。よく落とさずに神社まで持ってこれたものだと自分で驚く。

 いいなぁとうらやましがる友人たちを後目に、私はようやくおちついてそのパイナップルを食べる。それはとても甘く、ジューシーであり、果汁がしたたり落ちていた。急激に疲れが出てきた体に染み渡る優しい甘さだった。


 久しぶりに冷やしパインが食べたい。

 通勤電車の中、昔を思い出しては懐かしさに心躍り、そんなことを思った。パイナップルを買って、かき氷はアイスを買えばいい、イカゲソや焼きそばもスーパーで売っていることだろう。遊び心でスーパーボールでも買っておこうか。

 夏祭りはやろうと思えばいつでもできるのかと気づく。

 もちろん、友人や祭りの喧騒、神社の雰囲気など、大きく足らない部分は山のようにあるけれど、私にとっての夏祭りの思い出が冷やしパイン(冷やしていないもの)である以上、再現は意外に簡単かもしれない。

 さて、今日も一日頑張って仕事でもしよう。

 夜の祭りを楽しみに。

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【今日の記念日】

8月17日 パイナップルの日

トロピカルフルーツのパイナップルのリーディングカンパニーである株式会社ドールが制定。日付は8と17でパイナップルの「パイナ」と読む語呂合わせから。パイナップルの美味しさをPRするのが目的。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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