8月27日 ジェラートの日
「普通のバニラアイスで十分だろう」
眉間にうっすらと皺を寄せた祖父が言う。まあそうなんだけどと言いながら、私は手に持ったジェラートの行き場に困る。
「ほれ、バニラアイスをくれ」
私はジェラートを冷凍庫に仕舞い、カップのバニラアイスをもって祖父に渡した。
「ジェラートか何だか知らんけども、普通が一番だ」
先日そう言っていた祖父が、今目の前でジェラートを食べているので私は驚いている。
「ちょ、お母さん。じいちゃん、ジェラート食べているけど」
おそらく少し前に出来た期間限定の駅前のアイス屋さんで買って来たのではないか。それはつい先日に私が買って来たものと同じである。
「いいじゃない、別に。自分で買ってきたんだから。あ、お土産も買ってきてくれたみたいよ」
「いや、いいんだけどさ。こないだ頑なに食べなかったんだよ。ジェラートなんて知らん!みたいに言ってさ」
なんで私の時には食べずに自分で買ってきて食べているのだ。
「いいんだけどさー」
私はぶつぶつと言いながら、祖父の買ってきてくれたカップアイスを見る。いろんな味を買ってきてくれたようだ。私はピスタチオを取り、お礼を言おうと祖父の元に向かった。
声を掛けようとしたが、やっぱり静かに近づいた。
祖父は、2年前に亡くなった祖母の写真の前に座っていた。
今日は祖母の命日だった。
「じいちゃん」
呼びかけて、すぐにしまったと後悔する。祖父の頬には一筋の涙が流れていた。
「おお、なんだ」
祖父は流れているその涙を気にすることなく私の顔を見た。普段通りの表情、そこに涙の後があるだけだ。
「これ、ジェラートもらうね、ありがとう。私もここで食べていい?」
「もちろん」
そう言うと、私にも祖母の写真が見えるように少しずれてくれた。
何でジェラートを食べているのかなんて聞けない。
祖母と何かを話していたのだろうか、ジェラートを食べながらなにを話したのだろう、私が来たことで邪魔をしてしまっただろうか。いろんなことを頭に浮かべたが、私はただ黙って祖母を見ながらピスタチオのそれを食べる。口に入れるとピスタチオの風味が広がる。こくがあるのに、さっぱりしている。美味しいと思いながら私も祖母を見ていた。
「ジェラートはな、特別なんだって」
祖父がぽつりと言った。
「そうなの?ばあちゃんが言ってたの?」
「うん。昔な、フィレンツェに一緒に行ったことがあって、そこでジェラートを食べたんだ。そしたら『特別なアイスね』って言って大喜びしていたんだよ」
本場に行ったのかと驚いたが、同時に私は何となく分かってしまった。
「だから、久々に食べるジェラートは今日のこの日に一緒に食べたいと思っていたんだ。特別は意外に普通なんだよな」
「二人の思い出の味なんだね」
私がそう言うと、祖父は照れたように笑った。初めて見る表情に私も驚いた。それを隠そうと思ったのか、ジェラートは旨いなぁなどと言いながら急に食べ始めた。
私もとろり溶けてきたピスタチオジェラートを食べる。本場のそれはやっぱり美味しいのだろうか。いつか一緒に行こうと祖父に言い掛けたが止めた。
二人の思い出は二人のままの方がいい。
きっとずっと溶けないだろうから。
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【今日の記念日】
8月27日 ジェラートの日
日本ジェラート協会が制定。ジェラートの魅力を伝え、より多くの人にその美味しさを感じてもらうことが目的。日付は世界中を魅了した映画「ローマの休日」がアメリカで公開された1953年8月27日にちなんで。映画の中でオードリー・ヘプバーン演じるアン王女がスペイン階段でジェラートを頬張るシーンは、ジェラートを世界中の人々に知らしめ、ローマを訪れる観光客の憧れのデザートとなった。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
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