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10月8日プリザーブドフラワーの日

 10月になると随分と肌寒く、うっすらと鳥肌が立つ。彼女の椿とはお昼前に約束をしているので、まもなく車で迎えにいく。僕は車のキーを手に取り、目を閉じてイメージトレーニングを始めた。

 お気に入りのパスタ屋に向かい、彼女が好きなエビクリームパスタを食べる。前に行きたがっていた雑貨屋さんに行って彼女が言っていたティーカップをプレゼントに買う。そして疲れたら少しカフェで休憩する。その後は彼女の好きな近くの花の展覧会に行く。そうこうしているともう夕方になるから予約している店に向かう。

 そこは港近くのレストラン。いつか僕に好きな人が出来てプロポーズをするときに行くのだと決めていた。

 先日このレストランに予約をしたとき、僕はひどくニヤついていた。まだその場に行ってもいないのに家からの予約だけで感極まってしまったくらいだ。

 19時になると雰囲気良く食事が始まり、20時を過ぎる頃、隣に停泊している船に乗り込む。これはなんとかごく自然に行うこと。そしてクルージング。夜景がきれいだね、とか言いながら夜風に当たって寒そうにする椿に僕のジャケットを貸してあげたりして。

 うん、イメージトレーニングは完璧だ。

 ここでふと気づく。プロポーズってその時の緊張だけじゃないのか。実行する前からこんなに幸せでいいのだろうか。なにをどう考えてもにやけてしまう。

 そしていざ本番を迎えたわけだが、どう言うわけか、僕の両腕は彼女に花を渡したそのままの手で固まっている。

「つ、椿?」

 沈黙がたまらなくなり、僕は椿の顔を伺う。

「この花・・・・・・」

 彼女の手にあるのはピンク色の椿の花を和風に飾り付けたプリザーブドフラワーだ。これはなにを隠そう、僕の手作りである。ちゃんとその道の講師の方に教えてもらいながら作った。そしてそこに指輪を置いている。彼女がいつか言っていた憧れのオパールの指輪。

 椿はそれきり言葉を発さない。あ、もしかして、手元の花が椿であることに気づいて感動してくれているのだろうか。彼女の名前の花をプリザーブドフラワーにすることで、枯らすことなく永遠に大切にするという決意を表明したのだ。我ながら良く考えたものだ、ふふふ。

 ふふふ、と言うささやかな笑い声が聞こえ、思わず自分の声が漏れてしまったのかと驚く。でも、それは彼女だった。

「これ、椿じゃないのよ」

「え?」

 驚く僕に彼女は優しく微笑んだ。

「似ているけれど、ピンクのこれはサザンカです」

 サザンカ?!椿であるとしか考えていなかった僕は大慌てだ。だって、講師の先生に聞きながら……あ、オンライン受講だったからよく見えていなかったのかもしれない。

「ご、ごめん。ちょっと、その」

 たどたどしく弁解(にもなっていない)する僕の手を、彼女はきゅっと握った。

「サザンカの花言葉は『永遠の愛』なんだよ」

 そう言って今度は僕に抱きついた。

「すごく嬉しい。永遠の愛を枯らさないように、二人で幸せになろうね」

 あぁ、これではどちらのプロポーズか分からない。分からないけれど、それもまぁ、共同作業になるからいいか。

 僕は彼女によろしくお願いしますと笑った。


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【今日の記念日】
10月8日 プリザーブドフラワーの日

枯れることのなく、その美しさを保ち続ける永久(とわ)の花であるプリザーブドフラワー。その魅力を多くの人に伝えることを目的に日本プリザーブドアロマフラワー協会が制定。日付は「永久(とわ)」の花という意味から10と8の語呂合わせから。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。


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