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7月6日 ナンの日

 久々にお店のカレーが食べたいなぁと私がぽつりと言うと、彼はスマホをポチポチして、検索したのだろう結果の画面を見せて私に言った。

「じゃあ、ナンの店行こうぜ!」

「うん、え?あ、うん」

 なんか色々と混ざった返事をした記憶がある。カレー、ナン、確かにカレー屋さんにはナンがあるのだろうけど、いや、彼の検索した店はこだわりのナンが自慢の店だったりするのかもしれない。

 行ってみれば、よくあるインドカレー屋さんでした。


 付き合っている頃から、彼はカレー屋さんのことを『ナンの店』と呼んでいた。

 当初、何で?!と言う思いが強くて毎回気になっていたのだが、それも段々と慣れ、むしろその呼び方を気に入ってしまった。

 分かっているのに毎回想像させられる名称だったからかも知れない。単にカレーの店と言われると、当たり前のように分かっているものなのでもう頭に浮かびもしないし、浮かんでもスルーしてしまう。

 一方で『ナンの店』と言われると、まだそこまで浸透していないせいか、一旦、脳内処理が行われる。具体的には『ナン』と言う文字が浮かんでから実際に写真が表示され、頭の中で認識のすり合わせが起きているのだと思う。

 知らんけど。

 いずれにせよ、私が気に入ってしまったことで、一時期2人の間でブームになったのは事実である。

 けれどそれももう、10年ほど前のこと。

 私達は結婚し、2人の子供に恵まれた。同じような家庭であれば大体そうだと思うけれど、日々バタバタと忙しなく過ぎる日々である。ゆっくりと外食するような余裕は、少なくとも私達には無かったように思う。

 今でこそ飲食店のテイクアウトはどこも当たり前になりつつあるけれど、ちょっと前まではそうでもなかった。カレー屋さんもそう。

 カレー屋さん行きたい!と思うことは実際あったけれど、じゃあ行くかとなると色々考えて、家で普通のカレーを作ろうとなることは頻繁にあり、いつしか、行こう!とも思わなくなった。


 そうしてカレー屋さんに行かなくなって久しく、間もなく10年が経つ。2人の子供は、ありがたいことにすくすく育ち、2人とも小学生である。時が流れるのは早いなぁと日々過ぎる中で、僅かな時に思ってはまた日常に忙殺されるのは変わらず。

 けれどふと、本当に久々にふと、私は思った。

 カレー屋さんのカレーが食べたい。

 雨が続く季節に、スカッとスパイスの効いたものが食べたくなったのかもしれない。もしくは偶然にも夫が休みの日だからだろうか。どちらでもいい、とにかく、ふっと思ったのだ。そうして夫を見る。もちろん彼が私を見ているわけでもない。が、何かは通じたのかもしれない。彼はテレビを見ながらポツリ言う。

「カレー屋さんのカレーが食べたい」

 なんと偶然!私は以心伝心に妙に喜び、すぐさま答えた。

「ナンの店行こうよ」

 夫は一瞬不思議な顔をしたが、すぐに理解したのか、息を吐いて笑った。

 10年も一緒にいれば何かが入れ替わることもある。10年一緒にいても変わらず食べたくなるものもある。夫婦は同じで変わるものなのだ。

 私は夫と笑い、スマホで店を検索しランチに出掛ける。

 ナンの店に、カレーを食べに。

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【今日の記念日】

7月6日 ナンの日

ピザのパイオニアとして知られる「デルソーレ」ブランドを展開する株式会社ジェーシー・コムサが制定。ピザづくりで培った生地づくりの技術と経験を活かして提供する小麦粉を原料とした主食「小麦ごはん」のひとつ「ナン」の美味しさをPRするのが目的。日付は需要の高まる夏の始まりの時期であり、7と6を「ナン」と読む語呂合わせから。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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