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4月9日 よいPマンの日

 かぷっと口に入れ、噛んでみた。

 じゅわっと肉汁が溢れ温かさと柔らかさと香ばしさが舌の上に流れる。

 次いで、パリっと音をさせてそれを噛む。

 甘みと、やっぱりある苦味が舌の上に流れでて、一瞬怯んでしまうものの、すべて混ざるとやっぱり美味しいのだった。

 ピーマンの肉詰め。

 ピーマンは苦手だけれど、これが好き。

「ピーマンは苦手なんだよね?変なのー」

「合わせて食べると美味しいんだよ」

 口いっぱいに放り込んだそれをゆっくりと味わうように咀嚼する。その私を不思議そうに彼は見続けた。そして少しして、ふっと力を抜くように笑った。

「面白いね、春美は」

「そう?そうかな」

 褒められたわけではないのに、どこか私は気恥ずかしくなった。

 

 彼とは間もなく丸3年の付き合いとなる。大学に入学して少しして、付き合い始めたのだ。一緒の講義で隣の席になり、気が合うと思うとどちらからともなく一緒にいたいと思って付きあい始めた。

 好きな音楽のジャンル、色、服、作家、様々なものが私と彼とで似通っていた。これは?と聞くと俺も好きと言うし、じゃあこれとこれならどっちが好きかと聞くとこっちが好き、と私と同じ選択をした。

 好きが重なると、好きだと思ってしまう。

 私は彼を好きになった。


「そう言えば、れんこんもそうだよね」

「え」

「れんこんのきんぴらなんかは苦手と言うけれど、はさみ焼は好きだったり」

 言われてみるとそうである。

 ピーマンの肉詰めにしろ、れんこんのはさみ焼にしろ、野菜そのものは正直苦手なのだが、挽き肉と合わせると途端に好きになる。

「工夫すると食べられるってところかなぁ」

「そうかもね。苦手を苦手止まりにしないのが君はいいんだろうね」

 何かちくりと飛んできたように思うが、目を伏せた。

「君は色んなものが見えるんだろうな」

「何言っているの、壮馬も一緒だよ。好きなものは一緒なんだから、見えるものも同じだわ」

 彼はハンバーグをフォークで崩しながら、また優しく笑う。

「俺は違うよ。苦手は形を変えても苦手のままだし、それを工夫しようとは思わないから」

「……どうしたの?」

 彼はフォークを皿に置き、コップや皿をトレーに載せた。

 食べるのを止めたようだった。

「ごめんね、別れよう」

「なんで」

「授業とバイトと就活と、俺は器用にこなせないのが分かった。手一杯なんだ。器用な君と一緒にいることが時々つらい」

 彼はまた、ごめんねと言い、悲しそうに眉尻を下げる。

 私は、何故あなたが悲しそうな顔をするのかと悲しみよりも不思議と思う気持ちが勝り、敢えて笑った。

 彼がこの場を離れるより先に、私は席を立つ。

「別に工夫なんてしなくても、苦みのないピーマンを探せば苦手は減るわ」

 屁理屈のように伝えるが、そんなものは伝わらないと知っていた。

 席を離れながら、行儀悪く残っているピーマンの肉詰めを食べた。冷めてしまったそれは、ぱり、と少し固くなったピーマンの食感がある。箸の先がすべり、肉詰めの肉が落ちてしまった。

 あとにはピーマンだけが残り、それを咀嚼する。

 意外と私は苦味が好きだと知った。

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【今日の記念日】

4月9日 よいPマンの日

冬春期のピーマンの主産地である茨城県、高知県、鹿児島県、宮崎県の4県のJAグループ(JA全農いばらき、高知県園芸連、JA鹿児島県経済連、JA宮崎経済連)で組織する「がんばる国産ピーマン」プロジェクトが制定。ピーマンの出荷量が増える4月により多くの人においしいピーマンを食べてもらうのが目的。日付にはPと9の形が似ていることから「よい(4)P(9)マン」「4県のPマン(9)」の語呂合わせなどから。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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