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8月13日 お父さんの日

(いつもより少し長めです※2400字程度)

    ハッと起きて、何だか不思議な感じがした。いったい僕は誰で、ここはどこで、今が朝なのか夜なのか、わからない。

 そして、パパはどこ?


「あ、おはよう航平。よく眠っていたね」

「ママ!パパはどこ?」

 ママはいつものようにのんびりとコーヒーを飲んでいる。イチダイジだと言うのにママはいつもと一緒である。妹の希実ちゃんももう起きていて、あぶぶあぶぶと何かをしゃべっている。

 ・・・・・・可愛い。

「パパね、今日はもうお仕事行っちゃったよ。ほら、明日からお休みだから今日は早くお仕事行くってさ」

 そうだった、僕はもう夏休みに入っているけれど、パパは明日からお休みなのだ。

「どうしたの?そんなに慌てた様子で」

「あっ!そうだ、ママ、昨日パパに何か言った?」

「何かってなによ」

「僕たちが眠っているときにパパが僕たちに言う言葉を僕が気づいているってこと、パパに言った?」

 パパは、毎日夜遅くまでお仕事を頑張っていて、帰ってくる時間もとても遅い。お休みじゃない日はほとんど会えないのだ。そのせいかわからないけれど、いつからだか、パパは眠っている僕たちに声を掛けてくれるようになったのだ。

『大好きな航平、希実、今日もありがとう、おやすみ』

 こう言いながら、僕や希実ちゃんの頭を撫でてくれる。それもきっと夜のずっとずっと遅い時間。時計を見ていないからわからないけれど(見てもまだわからないし)、遅い時間なのだ。そして僕はそのほとんどを覚えている。目を開けて起きるわけでもないし、パパの手に気づいて起きるわけでもない。けれど、次の日の朝に夢のようにそれを思い出すのだ。

 それなのに、昨日はなかった。

「言ってくれなかったんだ、昨日」

「え?でもお部屋に入っていくのは見たよ、ママ」

「でも、昨日は僕たちに大好きって言ってくれなかったんだ」

 そう、昨日は頭を撫でることもおでこにちゅーをすることもなく(時々そんな日もあるのだ)、ドアを開けたところでおやすみと言ってそのまま出て行ってしまった。

 ······ような感じを、覚えている。

「えー、航平くんが寝ぼけていたんじゃないの?パパはいっつも言うでしょう」

「うん、だからイチダイジなんだよ」

 どうしたんだろう、パパ。疲れすぎちゃって大好きって言うのを忘れちゃったのかな。それとも······。

「僕のこと、大好きじゃなくなっちゃったのかな」

 そう言えばこの間のお休みの日におもちゃを片づけなくてパパに怒られたことがあった。もしかしたらそれでもうイヤになっちゃったのかもしれない。それともその前の日にピーマンを残したから?

「それはないよ。パパもママもなにがあってもあなたたちのことは大好きすぎるから」

 ママはそう言って笑い、朝ご飯を出してくれた。パンと目玉焼きとヨーグルト、それとヤクルト。

「あ」

 パパが僕たちのことをイヤになった訳じゃないなら、やっぱり疲れているのかもしれない。僕は出されたヤクルトを持って玄関に置いた。今日の夜、帰ってきたパパがこのヤクルトに気づいて飲んでくれればきっと疲れがなくなって元気いっぱいになって、それでまた眠っている僕たちにいつものように言ってくれるはず。

 ガチャッ・・・・・・。

「あっ!パパ!」

「航平!おはよう、起きたんだね。パパ、忘れ物しちゃってね」

「パパ!これ飲んで!あと、大好きって言って!」

 僕は慌ててヤクルトを開けてパパに差し出した。そこにママが来て、パパの忘れ物を聞くと、それを取りにまた部屋に戻った。

「ありがとう、でもどうしたの」

「いいから!まず飲んで!」

 僕がパパの口に運び、パパはそれを飲み干した。

「どう?疲れているのなくなった?もう元気?」

 僕が言うと、どこか驚いているパパが笑った。

「ありがとう、疲れなんて吹き飛んだよ。あと一日頑張ってくるね!」

「パパ!そしたら今日の夜、また大好きって言ってくれる?」

「え?」

 そこにママが来て、パパの忘れたお財布を渡した。

「昨日の夜は、あなたのいつもの台詞がなかったって、航平が朝から落ち込んでいるのよ」

「ええ!昨日もちゃんと言ったんだけどなぁ。と、言うよりも、航平は起きていたの?」

 パパは僕の頭を撫でながら不思議そうな顔をした。

「起きていないよ。でも毎日朝になると思い出すんだよ。だから、昨日はパパがおやすみしか言ってくれなくてそれで・・・・・・」

 思い出したことを思い出すと、だんだんと涙が溢れてしまった。パパはそれを拭いて僕を抱きしめてくれた。

「大好きな航平、希実、今日もありがとう。今日も頑張ってお仕事してくるね」

 少しずつ出てしまった涙がパパのスーツに落ちて黒い涙のあとがつく。慌てて離れると、また涙を拭いてくれた。

「ああ、そうだ。謎が解けたよ。昨日はね、君たちの部屋に2回入ったんだ」

 パパはそう言うと説明してくれた。

    いつもはパパが眠る時に僕たちの部屋に来てくれるのだけれど、昨日は少し違うらしい。

    いつもより疲れていたパパは手洗いうがいを済ませてすぐに僕たちの部屋に来た。そうして、いつものようにいつものセリフを言い(ついでに、ちゅーもしたらしい)、部屋を出た。そのあとでお風呂や着替えをして、眠る時にまた僕たちの部屋に来て、この時は扉を開けておやすみと一言だけ言ったのだそうだ。

「じゃあ、僕が覚えていたのは2回目のパパ?」

「うん、そうみたいだね。でもね、たとえ言っていなくても、いつだってパパとママは君たちのことを大好き過ぎるから。安心して」

    そう言うと、パパは時計を確認して玄関のドアにを開けた。

「航平のヤクルトのおかげで元気出た!じゃあ、行ってきます!!」

「行ってらっしゃい!頑張ってね!」

    パパが手を振るより強く、僕も手を振って見送った。


    起きていても眠っていても、パパの大好きが聞ける僕と希実ちゃんは、きっと誰よりも幸せ者だ。

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【今日の記念日】

8月13日 お父さんの日

毎日働いて一家の大黒柱として頑張っているお父さんに、月に1回、感謝の気持ちを表す日をと株式会社ヤクルト本社が制定。「人も地球も健康に」とコーポレートスローガンに掲げる同社の、お父さんが健康にとの願いが込められている。日付は13で「お父(10)さん(3)」の語呂合わせから毎月13日とした。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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