1月17日おむすびの日
もう1年が経つのか。車の中でラップに巻かれたそれを手に、陽介はしみじみ思う。今まさに開こうとしているそれは、8歳の娘が握ってくれたおにぎりだった。
一口かぶりつくと、彼はうん、と頷いた。うん、今日も美味しい。
「身体がだるい」
約1年前、陽介は絶賛風邪ひき中だった。
「朝ご飯もろくに食べずに体力使う仕事をしているんだからそりゃ倒れるわよ」
妻の結衣が困った顔で笑い、陽介はうなだれていた。
彼が朝ご飯を食べないのは今に始まったことではない。昔からである。結婚した当初、結衣は朝ご飯を作ろうと意気込んでいたが、食べないから止めてくれと言われ、大人しく引き下がった。
「パパ、朝ご飯食べてなかったの?」
二人の会話に聞き耳を立てていたのは当時7歳の娘である樹(みき)だった。陽介が会社に行くのは彼女の登校後であるため、陽介は朝食を取っているものだと思っていたようだ。
「そうなのよ、ちゃんと朝ご飯食べなきゃ元気出ないのにねぇ」
再び困った顔をして見せ、それをまた陽介が聞き、やはり同じく困った顔をするのだった。すると樹は何か決意したように口を結び、再び開いた。
「明日から私がおむすびを作るよ」
どこか誇らしげに、うっすらと鼻息を荒く言い切った。
おむすび。
朝食に米を食べるとなればいつぶりだろう。ああ、旅行先で遅い起床の後に食べた朝食があったな。それを言うなら休日だって。そんな風に思い出しつつ、陽介は平日の早い時間に朝食を食べる想像が出来ないでいた。
「うん、ありがとう。樹が作ってくれるならパパもちゃんと食べるよ!」
樹と同じテンションでそう返事をし、その横で結衣はあきれ顔を見せる。私がいくら言っても食べなかったのに、と。
「ああ、でもパパは来週からの出勤になるだろうからおむすびはその時でお願いします」
陽介は照れていたが、布団の中で頭を下げて見せ、それを隠した。
その一週間後、陽介が仕事に復帰する日の朝、宣言通り樹はおむすびを一つ用意してくれた。包んであるラップには『ガンバレ!』と書かれている。ありがとうと受け取り、車に乗るとすぐにその包みを開き、かぶりつく。甘めの鮭フレークに陽介は密かに涙した。
あの日から今日で1年経った。変わらず樹はおむすびを作って持たせてくれる。変わったのは、おむすびが2個になったこと。結衣も作って持たせてくれるようになったのだ。
「私のも食べてよね」
ヤキモチを焼いているように口をとがらせておむすびを渡したのは半年ほど前だっただろうか。今では樹と二人で楽しそうにおむすびを作っている。そしておむすびを包むラップにはハートマークであったりメッセージであったりと毎日何かが書かれている。そのおかげなのか陽介と結衣の仲は良好で、樹にも反抗期らしい反抗期は見られない。
おむすびが家族の仲を結んでくれているのかも知れないと陽介は思っている。
ただ一つ、まさに今頭を悩ませている。今日二つのおむすびに同じように書かれたメッセージ、
『土曜日、2人で買い物行こう♪』
さてどうしようかと陽介は困った顔で笑うのだった。
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【今日の記念日】
1月17日 おむすびの日
「ごはんを食べよう国民運動推進協議会」(事務局:兵庫県)が2000年に制定し、「公益法人米穀安定供給確保支援機構」が2018年に活動を引き継いだ記念日。ごはんのおむすびだけでなく、人と人との心を結ぶ「おむすび」の日を作ろうと全国公募し、1995年(平成7年)に発生した阪神淡路大震災でボランティアによるおむすびの炊き出しが人々を大いに助けたことから、いつまでもこの善意を忘れないために大震災の起きた1月17日をその日付とした。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
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