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2月2日おじいさんの日

 長谷川さんを最近見ていない。

「先週は風邪で、今日は大事をとってお休みするって」

 今朝連絡を受けた職員さんが教えてくれた。

 長谷川さんは今年75歳。僕が保育士として勤める市立保育園のおじいさん先生である。殆どボランティアで週に1度やってきて園児たちと1日遊んでくれるのだ。どのクラスの子供たちも彼が大好きなので、今日も寝る前に僕が受け持つ5歳児クラスの連くんは心配そうに聞いてきた。

「おじいさん先生来ないの?」

「お風邪をひいちゃったみたい。早く良くなるといいね」

 僕がそう答えると、彼は近くにいた他の園児たちを呼んでコソコソ話を始めた。随分と聞こえる小声。しばらくしてニヤリと笑い合って彼らは散らばった。心優しいいたずらをするようで僕も密かに笑う。

 お絵かきタイムが終わる頃、連くんがやってきた。

「おじいさん先生に渡して」

 手渡されたのはクラス人数分の手紙や折り紙の作品だった。細々したものや大きめの作品まで色々ある。

「優しいね。うん、先生が渡しておくよ。きっとこれで元気になるね」

 良かった!と既に長谷川さんが元気になったように彼は笑った。

 かくして、僕は子供たちの手紙(と、ついでに市役所からのお知らせ)を持って長谷川さんの家に向かった。

「いらっしゃい」

 扉を開けると、ふわっとコーヒーの香りが漂い彼が現れた。そして僕は密かに驚く。

 長谷川さんはとてもやせ細っていた。その格好もいつもと違って見える。少しよれたようなライトグレーのトレーナーに薄い水色の長ズボンはパジャマのそれのようだ。白が多く混ざった髪は散らかり、同じように短い顎ひげがバラバラと生えていた。

 腰や肩を内側にして縮こまるような姿勢の長谷川さんは、なんだか小さく見えた。

「すまんね、ちょっと寝込んでしまって、部屋も散らかり放題だ」

 気弱に笑う。長谷川さんは僕をダイニングテーブルに呼び、座らせるとコーヒーを出してくれた。

「体調は、大丈夫ですか」

「うん。まぁ大丈夫だ」

 そう言うと、ゆっくりと向かいの椅子に腰を下ろした。僕はその目の前にそっと紙袋を出してみせる。 

「これ、子供たちの手紙です。風邪だと連くんに伝えたらこうなりました」

 手紙や折り紙を紙袋に入れて持ってきたのだが、それは結構な大きさである。長谷川さんはそれを受け取り、中身を見ると一瞬にして表情が明るくなった。

「やぁ、これは嬉しい。うん、とても嬉しいね」

 言いながらいくつかの手紙を取り出して1つ1つ丁寧に読み始めた。

「皆、長谷川さんのことが大好きだから」

 僕はコーヒーをいただきながらそう言った。

「ありがたいね。来週には園に行けると思うよ」

 そう言って笑いながら手紙を読む。折り紙の作品を見たり、絵を眺めたりして、満足そうに頷くと僕に向けて顔を上げる。

「まだまだ先は長いから、早く元気にならなきゃね」

 既に元気になったのではと錯覚するほどの明るい笑顔だった。それはこれからを楽しみにしている笑顔のようにも見える。

『まだまだ先は長いから』

 僕も長谷川さんみたいにいつでも『これからだ』と思えるように生きたい。
 コーヒーの苦味に少しだけ目を瞑る。


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【今日の記念日】
2月2日 おじいさんの日

2と2でおじいさんの愛称である「じいじ」の語呂合わせから、おじいさんに感謝する日をと伊藤忠食品株式会社が制定。高齢化が進むなか「敬老の日」だけでなく「父の日」のようにアピールをしていく。


記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。


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