1月9日ジャマイカブルーマウンテンコーヒーの日
「ブルーマウンテンを飲んでみたいんだ」
そう言って、吉川保はカラカランとスプーンでカップの中を混ぜている。みるみるうちに漆黒が優しいブラウンに変わり、柔らかな香りが漂う。つまり、コーヒーの香ばしさよりミルクの甘さが香っているのだった。
「うん、とりあえずブラックで飲むことに慣れてみないとね」
なるべくカドを立てないようにと心掛けながら僕もスプーンでカップの中を揺らした。漆黒は漆黒のまま、けれど角度によっては店の証明が混ざるせいか薄い茶色の影が滲んで見えた。ミルクも砂糖も入れないけれど、少しだけ混ぜるのが僕は好きなのだった。香りがゆらりゆらりと立ち上り、カップの上、僕の鼻や目の前に拡がる。その瞬間がたまらなく好きだった。あまり混ぜすぎると冷めてしまうのでほんの少しだけ。
「佐川も砂糖入れてるんじゃん」
「いや、僕は入れてないよ。ただ、混ぜただけ」
変なのを見るようにして、吉川の目が動く。
「通ぶっちゃってさ」
チェッと舌打ちをしたかもしれない。すぐに彼はそのカフェオーレとなったコーヒーを飲んだのでもう分からない。
確かに、と僕も思う。
コーヒーが似合う大人になりたい。多分、吉川はそう思っているのだろう。それは僕も一緒だ。例えばその苦味や酸味、コクや甘みなどをしっかりと感じることができたなら、それはとても幸せだと思う。コーヒーによってその違いを比べてみたり、気分によって飲み分けるのだったり、そんな風に楽しめたなら、それはやっぱり幸せなのだ。もしくは幸せになれそうだ。
「佐川も、別にコーヒーに詳しいわけじゃないだろう」
わずかに意地の悪い顔をして彼が言い、僕は笑った。
「全く詳しくない!」
「潔いな」
彼は驚いたあと、すぐに吹き出した。
「コーヒーはブラックでとか人に言うくせに」
僕は頷き、そのブラックを一口飲んだ。
「苦いね」
素直にそう告げると、彼はまた笑う。
「詳しくないし、美味しく飲めるわけでもないよ。でも」
僕が言いかけると、吉川も乗ってきた。
「コーヒーの似合う大人になりたい、だろう」
ズバリ言われたので流石に少し照れてしまった。
僕らはまだ19歳で、コーヒーには砂糖とミルクが欲しい年頃である。けれどそれでも、かっこいい大人に憧れたいのだった。僕は彼の持っていたメニュー表をもらい、パラパラと巡る。近所にある昔ながらの喫茶店は微妙に高めの価格設定ではあるが、興味深いメニューがたくさんあった。けれどやっぱり喫茶店だからか1番種類が多いのはコーヒーで、なかでも大きく写真を載せているのがブルーマウンテンだ。
「黄金のバランスだって」
「苦味、酸味、甘み、コク」
つぶやくように吉川が言った。指で何かを数えたかと思うと、急に手を挙げた。
「すみませーん、ブルーマウンテン2つ」
「え、ちょっ、吉川さん?」
1杯1000円の憧れのブルーマウンテンをそんなあっさりと。僕が呆気にとられていると、吉川は屈託なく笑う。
「黄金のバランスを知っていたほうがそれに近づけるってもんでしょ」
彼のそれは黄金の笑顔であって、僕の財布をドキドキさせた。
目標を先に飲み干してしまうのも、悪くないだろう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【今日の記念日】
1月9日 ジャマイカブルーマウンテンコーヒーの日
ジャマイカコーヒー輸入協議会が制定。ジャマイカ産コーヒーの最大の需要国である日本とジャマイカの関係を大切に、ジャマイカ産コーヒーの名物である「ブルーマウンテンコーヒー」のさらなる普及が目的。日付はジャマイカ産コーヒーがキングストン港より日本向けに初めて1400袋(1袋は約60Kg)もの大型出荷をした1967年1月9日から。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?