11月19日松坂牛の日
ハレの日には、決まって行く焼肉屋さんがあった。そこは松坂牛を提供する店で、日常的に行くような店ではなかった。子供だった私や弟はそんなこととは知らずに、いつもその店がいいと言うので外食の都度、困っていたと、いつだったか母が笑って言った。
様々な事情が分かるような年になる頃には、なかなか家族でハレの日をお祝いすることが出来なくなった。たとえば父の単身赴任や、祖父の介護で母が帰省、弟は高校から学生寮に入っていた。私も大学生なって家を出て、遠方で就職、そのまま嫁いだので、やっぱりなかなか帰ることが難しくなった。
バラバラと会うことはあったが、家族全員揃って会うことも、その焼肉屋さんへ行くことも出来なくなったのだ。なにかのタイミングで揃うことができればと思いながらも、日々はものすごい勢いで進む。
昼寝中の子供の髪をさらさらと指で遊んでいると電話が鳴った。母からだ。
「今、大丈夫?」
3人目育児中の私を気遣ってか、電話に出るといつも母はそう言ってくれる。私は、大丈夫だよと答えた。
「来年ね、お父さん定年退職するのよ」
「え、もう60歳?」
私は驚いて母に聞く。子供がピクリと反応し、声をひそめた。
「だってこないだ45歳とかだったような」
言いながら、そんなわけ無いなと気づく。
「そんなの10年以上も前よ。毎年お誕生日プレゼントくているのに、何驚いているの」
そうだ。私は毎年父の誕生日にプレゼントとともに○○歳おめでとう!などとメッセージを送っている。だから分かっているはずなのに、分かっていないのだ。
だって、私の中の父はいつだって45歳くらいのままだった。
私が就職した年。職場の先輩に父の年齢を聞かれて答えると、その先輩の方が父よりも年上だったこともあり、すごく若い父だと驚かれた。以降、私の父は、『皆の想像より若い父』と私の中に植え付けられた。皆が誰を指すのか分からないけれど。
しかし、そのエピソード自体が15年も前なのだ。私も歳を取れば父も同じである。
「節目の年だからね、出来れば皆で集まれたらいいなと思ったんだけど、どうかしらね」
遠慮がちに母が言うので、私は申し訳なく思う。皆で会う、家族なら普通のことなのにその打診でさえこんなふうに気を使わせてしまった。私はもちろん、大丈夫だと伝える。
「秀弥には私から連絡する。お母さんはお父さんの予定を抑えておいて。私が企画するよ」
弟の秀弥にはすぐに連絡をして予定を抑えなくてはならない。何からどうしよう、どうしたら父は1番喜ぶだろうか。考えることが次から次と浮かぶが、とりあえず、店は決まっている。
母にはまた連絡すると告げ、早々に電話を切った。
父よ、定年おめでとうございます。そしてお疲れ様でした。と、同じ熱量で今、私の頭の中を埋めているのは焼肉屋さんであった。
弟へのメッセージを手早く送り、私は店のホームページを開いた。ハレの日の焼肉屋さん。
ああ、松坂牛!お祝いにはうってつけである。私は目の前に映し出された肉ケーキに釘付けだ。きっと父も楽しんでくれるだろう。
ハレの日には皆で行く!そう思える焼肉屋さんがあることはとても幸せだ。
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【今日の記念日】
11月19日 松坂牛の日
日本を代表する和牛の松阪牛(まつさかうし)の個体識別管理システムの運用が開始された2002年8月19日にちなみ、毎月19日を記念日としたのは全国で松阪牛を通信販売する千葉県船橋市の株式会社やまとダイニング。松阪牛の美味しさをアピールし、業界全体を盛り上げるのが目的。
記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。
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