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【小説】金蘭の友

割引あり

「私たち、金蘭の友ね。」
隣に座る可憐な彼女がそう言った。金蘭の意味が分からなくても、その「友」という響きが私の胸を絶えず抉っている。

私はこの春、あの高い丘に立つ憧れの高校の制服に袖を通した。
飛ぶたびにふわり、と膨らむ紺色のスカート。白地に空の青さより透き通った水色の大きなリボンが目立つ。何より、はらりと、風なびく大きな襟のセーラー服。
初めてその服を目にしたときは、中学生だった。今までに見たどんな洋服よりも、思春期の私の心を捕らえて離さなかった。

だが、浮き立った私の心は、入学後間なく砕かれていった。

また、だ。また、やってる。

クラスという小さな水槽の中で、うまく呼吸ができるように、その水槽で一際大きく美しい呼吸をしているものに、そのリズムを合わせようとしてしまう。
「ミキちゃんの髪の毛、くるくるで可愛いね、巻いてるの?」
「全然可愛くないよー!巻いてないし、ただの天パなの〜、本当、こまっちゃうよ〜。サナエちゃんのほうが、髪サラサラで羨ましい。」

違う。本当は毎朝何十分もかけて、校則違反して巻いているし、今日は上手く巻けたと思っていた。サナエちゃんのサラサラのストレートより、私はフランス人形みたいなカールが好きだ。
でも、そんなこと言ったら、自分は巻くのが上手いと自慢しているようだし、サナエちゃんのことを嫌っているように聞こえてしまうから絶対に言わない。

一ヶ月もすれば、ある程度どの子がどんな子か、ジャンル分けが済む。面白くてムードメーカーの子、決め事には率先して取りまとめてくれる子、言い方がキツイけれど気遣いのできる優しい子。サナエちゃんは、クラスのおしゃれ番長的存在でいつも友達が隣にいる子、私はそのおしゃれ番長に誘われて隣を歩く子だった。
けれど、どのジャンルにも当てはめることができない子が、一人、いた。
マリコちゃん。ヤマゾエ マリコ。
いつも一人で本を読んでいるその子は、国語以外の時間は寝ていることが多く、真面目かと思いきや不真面目で、かと言ってみんなの冗談に手を叩いて笑うこともおちゃらけることもない。というか、みんなの輪には入ることがなく、誘っても来ないことが殆どだった。
陰気と思いきや、背筋がピンと伸び、腰まである黒髪は、私の好きなカールがいつもかかっている。肌は陶器のように白く、目は黒豆のように大きく黒々と開かれ、みんなの前で発表するときも溌溂とした声で話す。
「マリコちゃん、て何考えてるか、わかんないよね」
なんとなく、マリコちゃんとクラスの子たちとの間にはベールがかかっていて、当然、そのベールを超えるものも破るものもいなかった。

そんなマリコちゃんが、私に「私たち、金蘭の友ね」と話してきたから、心臓が止まりそうだった。
二学期の始め、学園祭実行委員決めがあった。響きはいいが、要は雑用係みたいなものだった。クラスの出し物に積極的に参加できなくなるし、当日も自由時間が削られるそれは、誰もがやりたくないものだった。結局、じゃんけんで決めることになった。運が悪く、私は学園祭実行委員になってしまった。もう一人の実行委員は、マリコちゃんだった。
委員会の教室に向かう途中、マリコちゃんと何を話そうか、思考を巡らせた。結局、第一声は「じゅんけんで負けるなんて、ついてないよねー、よろしくね!」だった。当たり障りないものだと思ったのに、マリコちゃんには当たり障りがあったらしい。
「そう?30人いる中の2人に選ばれたのよ。さぞ幸運の持ち主だと思わない?」

始まりは悪かったけれど、良くも悪くも自分に正直なマリコちゃんと一緒にいるのは、サナエちゃんの隣にいるときよりも、ずっと楽に呼吸ができた。
自分の好きなもの、苦手なこと、最近ハマっていること、お母さんの小言がうるさいこと、昨日見たテレビのこと。マリコちゃんとは好きなものもハマっていることも苦手なことも、ほとんどが同じでないことが多かったのに、なぜか合わせる必要はないと思った。けれど、友達とも違う。何かの話題で意気投合して盛り上がることもおそろいの物を持って歩くこともない。教室にいる時、私はサナエちゃんと一緒にいるし、突然マリコちゃんに話しかけたら変な目で見られるから、委員会の時以外に話はしなかった。
それは、3,4回目の委員会の時だった。これまでと同じように私はマリコちゃんに最近話題のケーキ屋さんの話をした。甘いものが好きじゃないマリコちゃんはいつものように「そんなかわいいクマをぐちゃぐちゃにして食べるなんて残酷ね」と返してきた。
きっと、サナエちゃんが聞いたら「あの子やっぱりずれてる」だの「そんなこと考える方が残酷、サイコパスなんじゃないの」とか言うだろうな。想像したら笑えてきてしまった。
「変なの」と笑う私にマリコちゃんはこう言ったのだ。
「私たち、金蘭の友ね」
「え、金蘭?何?それ。」
「さぁね。」
さらりと笑ってかわすマリコちゃんに対して、私は心臓がチクリとした。
マリコちゃんと私は友達なんかじゃない。友達なら、教室でだって話すはずだ。サナエちゃんが何と言おうとマリコちゃんの隣に行くはずだ。
私たちは友達じゃない。そう思うとマリコちゃんと話すことができなくなってしまった。

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