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インドネシア滞在記④お手伝いのビビのお仕事

 住み始めて少しずつわかってきたのだが、みんなが朝授業を受けに家を出ていくのと入れ替わりに、お手伝いのおばちゃんと、庭の手入れをする男の子がやってくる。私は最初、お手伝いのおばちゃんを大家さんだと勘違いし、日本から持ってきたどら焼きを渡して「どうぞよろしくおねがいします」と改まって丁重に自己紹介したが、ニルマラに「あれは大家さんじゃなくてお手伝いのビビだよ」とすかさず訂正された。ビビとはインドネシア語でおばさんという意味で、みんなこのお手伝いさんのことをビビと呼んでいた。お手伝いさんが毎日家にいるという状況が初めてだったし、私が到着した7月はまだ大学が夏休み中で授業もなく暇だったので、私は興味深くビビの仕事を観察した。
 彼女の仕事は主に掃除と洗濯であるが、なかなかどうして素晴らしい仕事ぶりだった。ビビは家に着くと、まず家じゅうの窓という窓を開けて空気を入れ替えていく。そのあと、私たち7人の洗濯物にとりかかる。洗濯機なんてもちろんないので、洗濯板を使い、しゃがんで手作業で1枚1枚洗っていく。タライをいくつも使い分け、洗う、すすぐ、絞るという作業が1人の手の中で滑らかに行われていく様は見ていて気持ちがよかった。終わったら今度は庭にロープを張って洗濯物を干していく。なかなかの重労働である。洗濯物を乾かしている間に、みんなが食べ散らかした食器を洗って乾かして台所をきれいにし、大量のお湯を沸かして飲み水を作り、その日の夕食用にお米を炊いてくれる。洗濯物が乾いたら、1枚1枚丁寧にアイロンをかけて、きれいにたたんでいく。どうでもいい安物のクタクタのTシャツもズボンも、ピシッとアイロンがかけられていく。
すべての作業が終わったら、最後に全ての扉の上部に鍋をひっかけて、鍵を閉めてビビは帰っていく。この鍋を扉にかけるという作業は一体何だろうと最初不思議で堪らなかったが、実は私たち住人が安全に暮らすためにとても重要な役割を担っていた。
このパルムティガは、宝箱の鍵のような形をした、おもちゃみたいな鍵1つという大変心もとないセキュリティーシステムによって守られていた。扉の内側に鍋をひっかけておくと、外から無理やり扉が開けられたときは鍋が落ちるようになっていて、その大きな音で泥棒が逃げ出したり、私たちが気づいていち早く逃げれるようにという防犯の役目をしてくれていたのだ。
幸い私の滞在中に泥棒が侵入することはなかったが、この鍋を使った古典的な防犯手段はとっても素敵だったし、おもちゃの宝箱の鍵みたいな頼りない鍵も好きだった。
 内心、大学生なんだから自分の身の回りのことくらい自分でやれよという気持ちもあったが、ビビがアイロンをかけてくれた服はいつもふんわりといい匂いがして、私たち7人の毎日の暮らしの中に、彼女の丁寧な仕事のぬくもりが確かに漂っていた。

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