ライブ絵師JIN(後半)
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《黒モヤ撃破ぁあああ!》
《勝利おめ~》
《隊長生きててよかった》
パソコン画面から黒いモヤが消えるとともに、チャット欄が沸いた。
やったぜ、俺の絵が脚光を浴びている!
小さなサイバー部隊長は、赤い回復薬を取り出すと一息にあおった。
《おお、くすんでた軍服がキレイになってく》
《HPは見えないのな》
『うまい。今まで受けた中で最も上質の治療だ』
「そっか? この赤色でよければ何杯でもどうぞ」
俺は空き瓶にお代わりを描き満たした。
《R229・G47・B90の赤は極上と φ(•ᴗ•๑)メモメモ》
《ときにパイナップルの詳細はここにある》
貼られたリンクをたどると手榴弾のページが出て来た。写真もバッチリある。また手榴弾が誤爆しないように、俺は絵の修正に取り掛かった。チャット欄にも助けられながら、安全ピンを加え、安全レバーを長く改良。こんなにマジメにやったのは初めてだ。そして隊長から使い方をレクチャーされ、取り扱い方法を学んだ。
「あー、そういう構造になってたんだ。知らなかったわ」
実際使っている人を見るとわかってくる。俺はタブレットペンを軽く握った。よしッ、なんかつかめてきたぞ。
『手榴弾を思いついたのはグッドアイディアだったな。これは実際有効な武器だ』
隊長の声が温かく響く。ここまで緊張の連続だったけど、励まされてホッとした。後でもうちょっと練習しておこう。
ふぅーっ。背もたれに体をあずけてモニターを見る。リラックスしたせいか、画面内の違和感が気にかかった。隊長の手の動き……明らかにぎこちない。
たぶん俺の、つまり、デッサンがおかしいせいだ。武器の精度が増したぶん、描写が細かすぎてパーツを掴みあぐねている。
───ああ、ごめん。
不意に思った。俺、手が描けるようになりたい。
今までそんなの願った事はなかった。だって面倒くさいから。
細かいところなんてどうでもいい。だってよく知らないから。
ずっと目を背けて来た事実だけど、逃げてはいられないか。でもだからって武器を持つ指とか、手を描くのって難し過ぎるだろ。いきなりハードルが高すぎるよ。
《で、隊長の肩にかかってるキャタピラみたいなのは何なの?》
俺はすがるように視聴者のコメントを拾った。これは逃げじゃない。隊長のデザインを語れるチャンス到来なんだ!
「それはさ、その、隊長って事が一目で分かるようにしたんだよな。ほら紫ってのは最高位の色だから」
コメント欄が静まる。
あれ、俺まずい事言った? 伝わらなかったなら説明した方がいいのかも。
「あれだよ、冠位十二階な」
《?!》
《久しぶりに聞いたわwww》
《そのタスキ階級章だったんか😄》
なにやら笑いが取れた。チャット欄が盛り上がる。
《んじゃ隊長が背中に背負ってるヘラは何なのよ?》
正直あまり考えずに描いた突起物だ。特殊部隊らしくて格好いいからと付け足したパーツ。
「こっ、これはさ、サイバー部隊の、たぶん、秘密兵器だよ」
《銃にしちゃラッパ型すぎひん》
《途中で銃身終わってるし😂》
《てか掃除機みたいだがw》
一転ツッコミの嵐。バカにされる空気のいたたまれなさを知る。隊長はどう思っているんだろう。そちらを見ると自らのパーツを確認しつつ、コメントにうなずいていた。
───格好良くしたつもりだったけど、チャット欄に同意かよ……
『それ好いんじゃないかジン』
かけられたのは意外な言葉だった。
『ウィルスの拡散を防ぐ吸引兵器』
隊長から出たアイディアに俺は背筋が伸びた。
ウィルスを掃除機みたいに吸うってことか! まさに秘密兵器っぽい!
「それじゃあ、これならどうだろ」
隊長の脇の下にホース部分を描き足したらソレっぽくなった。
《バックパックもセットで》
《それな。ウィルス蓄積するタンク》
《いっそのことウィルス分析してワクチン作る機能も足しちゃいなよ》
どんどんネタが出てくる。
俺はぎゅっと目を閉じた。全然知らなかった。ライブってすごいアイディアの宝庫だったんじゃないか。今まで考えた事もなかったプランの連続にドキドキする。
さっそく俺は隊長に秘密兵器を背負わせた。でっかいバックパックにアンテナ立てて、ゲーミングライトを点灯。
そこで俺はあるアイディアを思いついた。
「じゃあさ、できたワクチンの小瓶をタスキに仕舞うのはどうだろ」
《ガンベルトみたいな》
《アンプルホルダーか》
隊長はバックパックからアンプルを取り出すとホルダーに挿した。
『気に入った』
俺たちはああだこうだ言いながら隊長の装備を強化していった。
それで気が付けばあっと言う間に夜更けだ。
「明日は学校だし、そろそろお開きな」
《おもしろかったw》
《フォローした》
嬉しい言葉のせいか、考える間もなく応える。
「ありがとう。またがんばるわ」
《今更だけどジンちゃん、閲覧ゼロ放送とか楽しかったん?》
誰だか知らないが、最後に刺さるチクリとした痛み。
目を背けて来た事実。俺は……
「生きていた記録と思ってやってる」
言うつもりなかったけど、口をついて出た。
引かれると思ってた。でも、
《遺言w ありだと思うよ》
《なら最後まで見届けに来るわ》
《次も楽しみにしてるぜ》
チャット欄の空気は思いのほか親切だった。
「ん。バイバイ」
気恥ずかしくて俺は挨拶もそこそこにマイクを切った。
配信ツールをオフ。
「あとは描いた絵のデータを……っと、セーブしていいのか?」
『大丈夫だ、目下のところ問題ない。敵襲は無力化した』
隊長は肩のライトを顎で示した。ブルーシグナルが心強く灯っている。次いで銃をしまうと、冴えない表情で視線をそらした。
「なにか問題でもあるの?」
そう尋ねると、隊長は改まって口を開く。
『ジン、お前の遺言を滅茶苦茶にしてしまった。それに民間人相手に軍の厳しさを持ち込んだ。済まないと思っている』
「え、謝らなくていいよ。楽しかったし」
『だがお前のお絵描き配信を、私は邪魔してしまったんじゃないか?』
言われて咄嗟に心が否定した。
「邪魔なもんか。俺は、サイバー部隊の隊長が市民を守るのを見たかったんだ」
『そのために、お前自身がネット犯罪に巻き込まれる羽目になるんだぞ』
「じゃあ、俺が隊長を削除したら、それでネット犯罪がなくなるのか?」
『なくなるはずもない。私は別の形で敵を追うことになるだろう』
「ならッ!」
俺は握り拳に力を込めておのれを鼓舞した。
「手伝わせてくれよ。隊長の力になれば俺の絵だってマシになるし、ビュアーも退屈しない」
またバズりたいし。
そう伝えると隊長は姿勢を正し、その怜悧な瞳が輝いた。
『わかった。しばらく厄介になる』
真顔で俺をまっすぐに見つめ敬礼。そして口の端を上げて力強い笑顔になった。
かっ、カッコイイ。これ本当に俺が描いた絵?
どうしてこうなったかは分からないが、それでも今は好奇心の方が大きかった。いったい次はどんなウィルスが襲って来るんだろう。なんて考えていると、隊長が手を差し出してきた。
『よろしくな、ジン』
「うん、よろしく隊長」
握手のために描いた俺の手は、相変わらずヤバかった。
【このライブ配信は3分前に終了しました】
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