見出し画像

おばちゃん、会社で涙する~アラカンの再就職その13

数字の魔物にとりつかれてしまったおばちゃん。ノルマのある仕事ではないが、目標数値は決まっているし、その数字を追いかける毎日である。

ぴたっととまってしまった日が数日続く。数字を確認するために活動報告をみるわけだが、当然同じグループの皆さんの活動報告も目にするので、「ああ、今日はこの人調子良いな」とか「珍しく苦戦しているな」とか思いながら自分の数字を見て、ふう、と大きなため息をつく。

いつもはお弁当のおばちゃんだが、この日は諸先輩方と外に食べに行った。本当は、話したいことがあった人がいて、外食計画があがったようだが、その内容は「どーでもよくなった」ということで、当日はしまわれてしまった。でも、おばちゃん自身もちょっと吐き出せたらいいなあ、くらいの思いがあったので便乗したのだ。

それぞれに思うところはあって、愚痴であったり、もっとこうすれば、という前向きな意見がでるなか、おばちゃんがためている内容がものすごくちっぽけなモノに思えてしまった。そして、言葉にしていることは、本来話したかったことではなく、もっと前向きは意見ばかりとなっていた。

そろそろ戻らないという帰り道、「どーでもよくなった」話がでてきた。その人の「どーでもよくなった」話は、おばちゃんが「ちっぽけなモノ」に思えてしまって言えなかった内容とリンクする部分があった。今言わないとためてしまうとおばちゃんの本能が叫んだんだろう。「じつは・・・」と口をついてあふれてしまった。

自分は努力しても結果がでない、なのに、どうして結果がでるのか?と悔しくて、でも、本来は喜ばしいことなのに、悔しいって思って、素直に喜べない自分が嫌になる云々

じわりと涙がでてきた。いかんいかん、泣いちゃいかん、まだ午後の仕事がまっている。

諸先輩方の言葉で、泣き続けることはなかったけれど、人前で仕事のことで泣いてしまった。この諸先輩方だから泣けたのかもしれない。他の誰かが交じっていたら泣くことはなかっただろうと思っている。言ったことで少し心が軽くなったのも事実。ああ、マスクのある時で良かった。

その日から、少し恥ずかしい気持ちもあるけれど、あいかわらず黙々と仕事をするおばちゃんであった。

☆☆☆☆☆

入社当初はあまり気にしていなかった「数字」が、どんどん重くのしかかってきているようです。時々「この職を続けられるかなあ」と思うこともあります。

求められるものが大きくなってきていることを感じます。それをどうしたらいいのか、どうすれば目標に近づくのか、その手法や回答はわかりません。こうすればいい、という方法もきかされていません。だから「運」「相手次第」で呑み込んでしまうんですよね。

「運」のために、願掛けをします。この服を着た時に目標値にいったからこの組み合わせで今日は出社しよう、とか、こっちのエスカレーターに乗った日は成績良かったから今日もこっちに乗ろう、とか。ささいなこと。

お読みいただきありがとうございました。お邪魔しました。

よろしければサポートをお願いいたします!いただいたサポートは、ノートパソコンの購入費用にあてたいと思います。テレビも壊れかけてるしな~(笑)