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【日記】無垢

2023/5/30 AM2:00

沖縄はもう夜でも暑い。夕飯にお酒を飲んだのにいくら目を閉じても眠れなくて、ホテルの艶々したカーテンをめくってみたけれど、広い窓の向こうに見える海は暗く黒くさみしい。昼間見たあの、希望に満ちあふれた輝きと全てを受け入れてくれそうな穏やかさは、もう思い出せない。コンビニで買っておいたオリオンの南国っぽい味のリキュールをすすりながら、よりによって新婚旅行中に風邪をひいて咳をしながら眠る夫の肩をさすっている。

あれから色々なことがあって、(たとえば安堵であったり、喜びであったり、誓いであったり)わたしの苗字と肩書きはあっという間に変わってしまった。転がるような日々の中に浮き沈みする悲しい色や虚しい色は、口にすると全て、幸せ、というひとつの色にまとめられる。まとめてよいのか分からないけれど、振り返るとそれらは、幸せ、としか形容しようがないから、多分そうなのだろうとおもう。

眠れないとき、私はダブルベットを抜け出してリビングへいく。暗いままの部屋でお湯を沸かし、ハーブティーを入れ、お香をたき、しずかな音を流してソファに身を沈める。わずかに開けたドアの隙間からは時々夫のいびきが聞こえてくる。無防備なその寝顔をみていると、やっぱりひとはひとりだ、とおもう。重そうな頭も投げ出された四肢も、その奥底に抱えた色とりどりの感情も過去も。あなたしか所有できない。つまりは眠れないわたしもやっぱりひとりで、夜になってしまえばみんなこどくで、わたしの重たいからだと中身はわたししか所有できない。この先も。

一睡もできずにむかえた朝、わたしはひとすじ涙を流す。となりに誰もいないことに気づいてやっと目を覚ました夫が優しく慰めてくれるけれど、わたしは全然かなしくないのよ、つらくもない。ただ一夜分のこどくがぽろりと体内から排出されただけであって、そうなのだけど、でも抱きしめてくれる彼の体温が単純なほどにあたたかくすなおだから、わたしはそのうちほんとうに泣いてしまう。

酔いはまわらないし口の中は甘ったるい。飲みかけの缶を枕元に置いて、わたしはそろそろ、あきらめるころだと考えている。ひとひとりぶんの重みを感じるのはままならないから、ごまかすように眠ってしまいたいのに、わたしのからだは眠り方を簡単にわすれるので、こうやって文字をつむいで救われようとしている。からだから言葉を排出したら、朝、泣かずにすむだろうか。

ううん、きっとまただめだ。朝はまた、何事もなかったようにやってきてしまうだろうから。やわらかく曇った空におおわれた沖縄の海はあまりにも穏やかで、眠れなかったの?と聞く子供みたいな顔をした夫の手は、気が抜けるほどにあたたかいのだろうから。

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眠れない夜に

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