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『LONESOME VACATION』:Anizine(無料記事)

この映画は、去年の10月、新宿K’s cinemaで公開されたときに下社敦郎監督に誘っていただき、前作の『東京の恋人』がとても好きだったので楽しみにしていたのですが、伺うことができなかったのを思い出しました。

「行きたかったんですが、行けませんでした」という言葉は誰のイベントに対しても使わないようにしています。仕事が理由でもプライベートな用事でも「あなたのこれではなくて、あちらを優先させたのだ」という自分の選択を隠すための言い訳にしかならないからです。日々、展覧会やライブ、演劇などのお誘いが来ても全部に足を運ぶことは難しいので、心苦しく思いながらどれかを選ぶことになります。実際には、何かをした人、しなかった人、の二種類しか存在せず「したかったけどしなかった人」というのは都合がよすぎる自己弁護なので、数には入りません。

というわけで現在は劇場で公開していないのでかなり遅れましたが、やっと『LONESOME VACATION』を観ることができました。下社監督の映画に感じるのは音楽の存在感が強いことです。映画における音楽の扱いは監督の個人的な音楽体験や映画に対する思い入れをそのまま表すものだと思っていますが、最近数本続けて観た二ノ宮隆太郎監督の映画にはほとんど音楽が出てきません。これもまた音楽に対するスタンスなのでしょう。私は映画の中では脚本に一番興味があるので「あの映画の音楽、よかったよね」と言われてもまったく思い出せないことがあります。台詞は何十年前に観た映画でも忘れないのに。ですから音楽が強かったなと『東京の恋人』が記憶に残っているということはかなり強かったのでしょう。それは下社監督が他の監督の映画に音楽を提供しているスタンスを知れば納得がいきます。

『LONESOME VACATION』では、若いリーゼントの主人公がレイモンド・チャンドラーやエルビス・プレスリーの話をしたり、劇中でほぼ全員が煙草を吸っていることなど、あえて今の時代からは距離をおいているように感じます。懐かしいというのとは少し違うのですが、どこかで見たことがある探偵ものの安心感があるので自然と物語に入り込めました。主人公の元恋人への距離感や、調査対象として知り合った女性たちへの態度はもしかするととても現代的なのかもしれません。もしくは「優しくなくては生きていけない」の体現なのでしょうか。

私は写真を撮り、デザインをする立場で作ることの過酷さを知っているつもりです。映画を観ながら、この季節と時間帯だとかなり撮影は大変だっただろうなとか、ついつい気持ちがそちらに向かってしまうのですが、最終的にそれらが気にならなくなっていくのがいい映画の条件だと思っています。登場人物がそれほど多くないこの映画も、クランクアップしたあとで皆が「楽しかったな」と言っている様子が目に浮かびます。日本映画には作る側にも演じる側にもどんどん新しい才能が出てきて、いいことだと思っています。判官贔屓ではあるのですが、下社監督をはじめ、渡辺紘文監督、田中征爾監督、二ノ宮隆太郎監督、片山慎三監督、荒木伸二監督、リム・カーワイ監督(日本人ではないけど)、など、メジャーバリバリではない、独自の世界を描く監督たちの映画をこれからも楽しみにしています。


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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。