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世界の皮膜:Anizine(無料記事)

 ソファに男が二人。向かいには若い女性が座っている。

 女性が着ている黄色いTシャツのアップには、わけのわからないアメコミのキャラクターが描かれている。男二人は、なんとなくそのTシャツを見ている。

男A:
「今じっと見ているこのTシャツ。お前はその中身のことも想像してるだろう。社会性というのは、この布一枚だ。もしこれを強引にめくったら、お前はその瞬間に犯罪者になるだろう」

男B:
「はい、そうなりますね」

男A:
「でもな、彼女がお前のことを好きで、自分でめくって見せたら犯罪にはならない。わかるかこの違いが」

男B:
「わかります」

男A:
「だから、この布が世界の皮膜ってことなんだよ」

男B:
「はあ」

男A:
「お前がこの女性の胸を合意のもとで見る幸福な人生と、刑務所に入る人生。たったこの布一枚がそれを決めるんだぞ」

男B:
「まあ、めくりませんけどね」

男A:
「また違う角度から言うぞ。俺はここにいる女性に対して、『彼に胸を見せろ』と命令することもできる。これもまた別の世界の構造だ」

男B:
「はあ」

男A:
「おい、彼に胸を見せてやれよ」

 女性はTシャツを勢いよくめくって、美しい胸を見せる。カメラはそのアップ。

男A:
「いまお前はじっと見ていたが、胸を見せたのは同じTシャツを着ている彼女の母親だ。気づかなかっただろう」

 ソファにはいつの間にか、同じTシャツを着た彼女の母親も座っている。

男A:
「世界は無限の皮膜の間を行き来しているんだ。お前が見ていたTシャツのデザインは同じだが、それを同じ人物だと信じたのは愚かだ。愚かすぎる。Tシャツは大量生産されているから同じモノはたくさんある」

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男B:
「確かにそうですけど、いつの間に」

男A:
「それと、胸が彼女の母親のものだったとわかってからおかしな表情をしたが、若い女性の胸には価値があって、年齢を重ねた女性の胸に価値がないとは言えない。つまり、価値の多様性を理解していないということだ。

男B:
「そう言われてみれば」

男A:
「お前は徹底的に愚かなんだ。そしてなんの命令も出せないし、与えられたものに一喜一憂するしかない。取るに足らない人間だ」

母親:
「私もヨガをやってるものですから、割と若いカラダをしていると言われます」

男A:
「お母さん、そういう話じゃないんです。余計なことは言わないでください」

娘:
「私って、ただここに座ってるだけで、お母さんがおっぱいを出しただけなんてつまらないので、何か私にも台詞をくれませんか」

男A:
「シナリオにないことを言うなよ」

娘:
「ちなみに私のおっぱいはこんな感じですけど」

母親:
「あら、やっぱり若いから違うわね」

 母と娘が胸をあらわにしている。

男B:
「確かに娘さんの方がハリがある。でもお母さんのも風情がある」

男A:
「お前、今、風情があるって言ったな。それが多様性だよ」

男B:
「なんか、わかったような気がする。これが世界の多様性か」

 世界を左右するモノはTシャツの薄い生地一枚である、そして世界は多様性を肯定すれば豊かになるということを男Bは理解した。

というような話を撮って、デザイン的な映画を作ろうと思っている。

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。